悪魔王

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 ──原因はわからないが、おそらく『悪魔王』の力が漏れ出した。  それを沈黙の大陸の魔族が嗅ぎつけ、君主の身柄を奪還しにきた。この災害はその為に起こったのだろうと、モーゼスは言った。  〝急げ。勇者の系譜がいれば、魔族は外から教会に入れない〟  息を切らして山道を駆け上がってみれば、教会の周辺は山火事でもあったのかと思わせるほどに焼け野原になっていた。建物はシンボルである中央塔を含め、外観上部が消し飛んで跡形もない。  もはや外郭のみとなった礼拝堂に飛び込んで、ソラルは足を止める。内陣に据えられた聖遺物箱の──(ひつぎ)の蓋が、開いていた。そして、その前に立つ人影。 「イヴ……にいちゃん……」  性別のよくわからない綺麗な顔も、まっすぐな長い黒髪も、凛とした立ち姿も。 「やぁ。今日もご苦労さまだね」  気負わない、どこか飄々とした声も、いつも通りの彼なのに。──まばゆい朝日が照らし出す、両の側頭部から伸びた角と尖った耳、そして血色の瞳だけが、違う。 「…………一応……初めまして、になるのかな。ずっと思念体で会ってたけど、この姿では初めてだから。悪魔王の、イヴリースだよ。お見知り置きを」 「にいちゃ……」 「有能な部下がね、気づいちゃって。……蘇生なんて大きな力を使っちゃったから、まぁ……仕方ないんだけど」  申し訳なさそうに、細い眉が下がる。彼の足元に、バケモノ──骨ではない──が数名、絨毯と同じ色に染まって事切れていた。そして、彼の顔を300年間覆っていた頭蓋骨が、煤けて半分砕けた状態で転がっている。  ────蘇生って。じゃあ、やっぱり。 「昨日の、夢は……」 「…………うん」 「イヴにいちゃん……ほんとに……本当に、悪魔王なの?」 「……主を裏切った魔族なんていやしない。悪魔王()自身が、勇者に加担して悪魔王()を封印してもらったんだ」  言って、イヴは煤けた頭蓋骨の角を折ると、ソラルの方へと歩み寄った。 「ごめんね、お願いしてもいいかい」 「なっ……にを……」 「眠りの封印は一度きりだ。先代の悪魔王(前の僕)の頭蓋が必要不可欠なんだよ。そして僕は目覚めてしまった。だから、もう……。悪魔王()を殺せるのは勇者の系譜だけだ」 「で……できるわけないだろッ!」 「急がないとすぐにまた迎えがくるよ。──大丈夫。この身体は痛みに慣れすぎて、心臓を一突きにされたってもう何も感じないんだ。だから、終わりにさせて。そしてこの頭蓋骨で、次に生まれる僕を、18年後にまた眠らせて欲しい。お願いだソラル」  ぼろぼろと涙をこぼす少年の顔に、『最後の勇者』の溌剌とした笑顔がだぶって見える。  心根の優しい人間だった。宿敵を相手に、〝だったら死なずにずっと寝ていろ〟と豪快に笑って言い放った。毎日柩の前で草笛を吹いては、土産だ、とカシの葉を置いていった。……ソラルは、そんな彼と瓜二つで。だから、こうなると判っていて、それでもイヴは見捨てる事ができなかった。  大地が再び鳴動し始めた。──時間が、ない。 「あ、僕、死んだ瞬間あの頭蓋骨と同じバケモノの姿に変わっちゃうけど、驚かないでね」 「バケモノなんかじゃ……ないっ。『聖魔様』だ!」  ぐい、と涙を腕で拭って、ソラルが角を受け取る。 「待ってろよ。必ず、また会いに行くから。だからそれまで……草笛でも練習して、待ってろよ!」  「それもいいね」と。幸せそうに、イヴは微笑んだ。
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