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梢の間に教会の屋根が見えてきたところで、ソラルは草笛を捨てた。
大股で足音を忍ばせ、静かに礼拝堂の扉を開ける。ふっと中から花の香りが押し出されてきた。
誰もいないことを確認してから体を滑り込ませ、緊張の面持ちで身廊を歩み進む。息すら殺しながら、紅色の絨毯の先、内陣に据えられている聖遺物箱──ひとつの大きな柩を覗き込んだ。
「……ん。大丈夫。今日も枯れてない」
小さく呟く。いつも通りの光景にほっとした。──突然、ぬぅっと横から長い髪の毛が視界に入ったことを除けば。
「やぁソラル。今日もご苦労さまだね」
「イ……ヴにいちゃ……! 脅かすの……やめ……っ」
飛び上がったソラル少年は、荒れ狂う心拍のまま傍を睨みつけた。その目は既に涙目だ。
恨みがましい視線を受けた青年が「ごめんね」と細い眉を下げて笑う。『にいちゃん』と呼ばれながら、その顔は性別の垣根を優に超えるものだった。背に流した長い黒髪が更にその印象を助長させている。
「君が中に入っていくのが見えてさ。というか、そんなに怖がらなくても……。コイツはもう300年も前に死んでるんだから」
「べ、別に! 怖がってなんかねぇしッ!」
噛みつくソラルに苦笑して、青年──イヴは無造作に柩の中に視線を落とした。
「……まぁ、『バケモノの柩』なんて確かに見ていて気持ちのいいものではないよね」
ソラルも無言で背伸びをして、分厚いガラスが覆う柩の縁に再び手をかけ、イヴに習う。
……人体、であることは間違いない。横たわる身体は厚く漆黒の布で巻かれ、全面に美しい生花が惜しみなく敷き詰められている。だが。
両の側頭部から生えた角。牛の骨を思わせる巨大な頭蓋骨。異形──バケモノ、としか言いようのないその姿。
────魔族だ。
それが、この教会には『聖骸』として大切に安置されている。
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