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「君も大変だね。毎日アレに会いに来なきゃいけないんだから」
二人はのんびりとした歩みで山道を下る。
教会は山の中腹にひっそりと建てられていた。普段は誰も寄り付かないそこに、ろくに整備もされていない獣道を通ってソラルは毎日通っている。
「べっつにー。父さんの言いつけだから仕方ないし、山は遊び場だからそんな苦でもないよ」
どこからか聞こえてくるコマドリの囀りに合わせて、カシの葉を一枚失敬したソラルがピーと音を鳴らしてみせた。
「いつも怖々見てる気がするけど?」
「んなっ! ほ、ほんとに怖くなんかないぞ。あいつは『悪魔王』から人類を救った『聖魔様』なんだし!」
この世界には『悪魔王』が存在している。否──していた、と言った方が正しいだろうか。
古の時代から、幾度も闇に属する者達を従え人類を脅かしてきた魔族の君主。その度に、神の選定を受けた『勇者』が葬ってきたが、平和は常に18年しか持たなかった。18年で、いつも次の悪魔王が立つ。人類は戦いの歴史を繰り返すばかりだった。
それに終止符が打たれたのは、今から300年前のことだ。
ひとりの魔族が君主を裏切り、勇者に加担して悪魔王を葬った。以来、今日に至るまで悪魔王再臨は噂にも上らない。
主と刺し違える形で落命したと伝わるその異形の者は、魔族でありながら人々から『聖魔様』と呼ばれこの教会に祀られていた。
「けれど時の流れは残酷なものだ。300年の平和は敬畏など忘れさせ、今や人々はただただアレを『バケモノの柩』と呼んで憚らない」
「……オレは、そんなことない」
そうだね、とイヴははにかんで、ソラルの柔らかい亜麻色の髪を撫でた。ソラルは子供扱いするなと目をつり上げるが、10歳などどこからどう見ても子供だ。
「気をつけて帰るんだよ。僕はもう少し散策して、昼寝してから戻るから」
「相変わらず寝るの好きだなぁにいちゃん……まぁ、仕事はちゃんと終わってんだろうけどさ。まだまだ冷たい風吹くし、風邪引く前に起きろよなー。あ、暇なら草笛の練習でもしたら? いつも羨ましそうに見てるだろ?」
「それもいいね」
大きく手を振って駆け去っていく子供を、イヴは愛おしげに目を細めて見送る。
ふと足元を見れば、先ほどソラルが吹いていたカシの葉が落ちていた。紫紺のローブの隙間から手を伸ばして、だが、寸前で拾うのをやめた。
頭をひとつ打ち振って、イヴは教会の方角を振り仰いだ。
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