41人が本棚に入れています
本棚に追加
「──…………きて。ねぇ、起きて。起きてよソラル」
のんびりとした声が鼓膜を震わせる。
重い瞼を持ち上げて、ソラルは瞬きを繰り返した。次第に鮮明になる視界、茜色の空の端に、緊張感のないイヴの顔が割り込んだ。
「イヴ……にいちゃん……?」
「あ、起きた。珍しいねぇ、ソラルが外で昼寝なんて。僕も誘ってくれればいいのに。でも、もう日が暮れるよ」
言われて、草原に横たわっている身を起こす。いつの間に眠り込んでしまったのだろう。頭がやけに重く、靄がかった感じがする。
「体調悪いの? 大丈夫? 僕には風邪引くななんて言っておいて、まったく……」
「イヴにいちゃん……今日……変な人達、来なかった……?」
「え、変な人達? いいや、誰も。いつもの如くここへ来たのは君だけだよ」
そう……と返事をしながら、得体の知れない感覚がソラルの身の内に渦巻いていた。──だって、確かに。
「怖い夢でも見たのかな?」
「ゆめ……」
「とにかく、早くお帰り。モーゼス達が心配するよ」
うん、と素直に頷いてソラルは立ち上がった。そのままろくに挨拶もせず、どこか酩酊にも似た足取りで山を下っていく。最後まで、イヴの背後にうず高く折り重なった赤いものに気づくことはなかった。
「…………やってしまったなぁ…………」
ひとりごちて、イヴは暮れなずむ空を見上げた。
怜悧な瞳に映る、凄まじい速さで押し流されていく雲。それは世界の果てに向かっていた。
「……300年、かぁ……」
突風が、艶やかな漆黒の髪を巻き上げる。
「…………歴史は歴死」
その瞳から涙が一粒、本人も知らぬままに零れ落ちた。
「死こそが常世。──ああ……」
生はいとしき 蜃気楼────……
最後までを言の葉にする前に。
その姿が風に煽られるままに揺らぎ、掻き消えた。
最初のコメントを投稿しよう!