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翌未明、激しい揺れに襲われてソラルは飛び起きた。
ベッドから投げ出される。床に爪を立てながら、ソラルは感じた。地脈に流れる膨大な〝何かの力〟──ぞわりと総毛立った。ただの地震じゃない、と直感的にそう思った。
まるで怨嗟のように響く地鳴り。窓の外を見れば、吹き荒れる強風に晒されるカーテンの向こうに、恐ろしいほどに真っ赤な朝焼けが見えた。
「──ソラル無事か!」
モーゼスが壁に縋りながらも寝室へとやって来る。何が起きたの、とソラルが問いかけようとした瞬間、天井が轟音を立て崩落した。名前を叫ばれて反射的に目をつむり、だが強い力に身体を弾き飛ばされる。はっとして振り返ると、モーゼスが苦悶に顔を歪めていた。その下半身が半壊した部屋の下敷きになっているのを見て、ソラルは悲鳴をあげた。
「……ソラル、行け。教会だ。私はすぐには動けん」
駆け寄るソラルに、モーゼスが言う。
「な、何言ってんだよ、こんな時に……っ! まず父さんを助けるのが先だろ!?」
「『聖魔様』が先だ! 急げ!」
「生きてる父さんを放っておいて、死んでる『聖魔様』を助けに行けってのかよ!」
お役目は大切だと理解している。勇者の系譜としての矜持だってある。
けれど、それよりも大好きな父親の方がソラルにはどうしたって大切だ。失いたくない。そう叫べば、凄まじい力で腕を取られた。父親のこんなにも真剣な顔を、ソラルは初めて見る。
「──死んでなどいない。生きている」
「は……え?」
「毎日、お前は見てきたはずだ。朽ちる事なく咲き続ける花を」
「だ……って、あ、あれは枯れる前に、イヴにいちゃんが取り替えて──」
しどろもどろに言いながら、ソラルは自身の言葉に違和感を覚えた。
あの、漆黒の布で巻かれた骸を覆い尽くす、瑞々しい石楠花。いつも見てきた、変わらない光景。──変わらない、花。
「一年中咲く花などない。時の教皇によって分厚く封じられた聖遺物箱を開けられる者などいない。──ソラル、あの柩の蓋は、この300年の間、一度も開けられた事などない!!」
「ま……まっ……て……」
「花が朽ちないのは、聖骸の魔力を吸っているからだ。即ちそれが生きている証」
「──待って! あんな……どう見たって骸骨じゃないか! い、生きてるなんて、そんな」
「あれは聖骸そのものじゃない。『先代の悪魔王』の頭蓋だ。同等の魔力を持つそれを被せて封印の一環とした」
激しい混乱で、眩暈がした。父がいったい何を言っているのか、いったい何が起きているのか、理解が追いつかない。
「ずっと、眠っているだけなのだ。あそこに居るのは、自ら永劫の封印を望んだ男。いつだって眠い眠いと言いながら世界のために休めず、生と死の輪廻に振り回された悲しい男なんだソラル。…………お前もよく知る人だ」
一瞬。長い黒髪が、ソラルの脳裏を過ぎった。
「〝聖魔の骸を子々孫々の代まで見守れ。花を決して絶やすな〟。幼いお前にはまだ、あの遺言の本当の意味を言っていなかった。──我が一族に課せられた使命の最たるは、『聖魔様』を──〝『悪魔王』を決して死なせないこと〟だ……!!」
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