1

5/7
前へ
/11ページ
次へ
 最初はただ、そこに立っているという存在感だった。満員電車なのだから、周りは人で埋め尽くされているのだけれど、でも、間違いなくその人物はあずみに、その存在を知らしめるように立っていた。  やがて、男の荒い吐息を耳元に感じた。  吐息だけでなく、鼻をすする音やせき込む音も混じっているが、それらはすべて、あずみの後頭部や耳に、意図的に向けられていた。  気持ち悪い。  電車が揺れる度、男の身体が、あずみの背中を圧迫する。  触れた。  スカートの上から、お尻に触れた。  でも、待って。  今のは触れたの? ただ、当たっただけ?  解らない。まだ決定的じゃない。これで痴漢って叫んで、しらを切られたらおしまいだ。  もっと、決定的な――  ――っ!  スカートがたくし上げられた。  男の手がお尻を弄る。馴れた手つき。  80デニールのタイツと、厚手のパンツが、男の魔の手から肌や陰部を護ってくれているが、それでも不快――否、これは恐怖だ。  怖い。  この手がどう動くのか。相手はどんな男か解らない。  何をしようとしているのか。  タイツを破られたら、パンツをずらされて、直接触られたら――考えただけで吐き気がする。おぞましい想像は止まらない。  男の下半身がお尻に押し付けられた。硬い感触が――  電車が揺れた。男の身体が、手が、強制的に引き離されていく。 《前方の踏切で、無理な横断があったため、急ブレーキがかかりました》  アナウンスが流れる。  今だ。  あずみは再び自分のお尻に伸びてきたその手首をがっちり掴む。
/11ページ

最初のコメントを投稿しよう!

41人が本棚に入れています
本棚に追加