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最初はただ、そこに立っているという存在感だった。満員電車なのだから、周りは人で埋め尽くされているのだけれど、でも、間違いなくその人物はあずみに、その存在を知らしめるように立っていた。
やがて、男の荒い吐息を耳元に感じた。
吐息だけでなく、鼻をすする音やせき込む音も混じっているが、それらはすべて、あずみの後頭部や耳に、意図的に向けられていた。
気持ち悪い。
電車が揺れる度、男の身体が、あずみの背中を圧迫する。
触れた。
スカートの上から、お尻に触れた。
でも、待って。
今のは触れたの? ただ、当たっただけ?
解らない。まだ決定的じゃない。これで痴漢って叫んで、しらを切られたらおしまいだ。
もっと、決定的な――
――っ!
スカートがたくし上げられた。
男の手がお尻を弄る。馴れた手つき。
80デニールのタイツと、厚手のパンツが、男の魔の手から肌や陰部を護ってくれているが、それでも不快――否、これは恐怖だ。
怖い。
この手がどう動くのか。相手はどんな男か解らない。
何をしようとしているのか。
タイツを破られたら、パンツをずらされて、直接触られたら――考えただけで吐き気がする。おぞましい想像は止まらない。
男の下半身がお尻に押し付けられた。硬い感触が――
電車が揺れた。男の身体が、手が、強制的に引き離されていく。
《前方の踏切で、無理な横断があったため、急ブレーキがかかりました》
アナウンスが流れる。
今だ。
あずみは再び自分のお尻に伸びてきたその手首をがっちり掴む。
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