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痴漢! 変態!
叫ぶことはできなかった。
その前に、「何するんや!」という、男の威圧的な関西弁の大声が、電車の中に響き渡ったからだ。
電車がちょうど、次の駅に着いた。
「痴漢しましたよね、降りてください」
あずみは言ったが、自分が思っていたより、随分と小さな声だった。
降りろよ!
電車内でトラブんな、電車が遅れるだろ!
どこかから怒声が上がった。
「俺、何もしてへんがな!」
男の声が聴覚を強く刺してくる。
あずみは男の手を引き、「とにかく、降りて!」と必死に抵抗する。
「誰か、駅員さんを呼んでください!」
その声に応じる者はいない。
「何で降りなあかんねん!」男が怒鳴る。あずみは何とかホームに降りたが、男の身体はまだ電車の中で、それとは腕一本でつながっている。
絶対にこの手を放すもんか。
「お客様、どうされました?」
ホーム整理をしていた駅員が声をかけてきた。愛想も何もない、疲れ切った棒読みのセリフだった。
「痴漢なんです、助けてください」
あずみが見上げたとき、そこにあった駅員の表情はほとんど無表情で、小さくため息をついて、中の男に声をかける。
「とりあえず、一回降りてもらえませんか。発車が遅れて、他のお客様に迷惑かかっちゃうんで。どうせ、すぐ済みますから」
絵梨花がどうして、誰にも相談しなかったのか、よく解った。
昨日、彼女は言った。
相談しなかったんじゃないし、できかったんでもないよ。
したけど、聞いてもらえなかったの。
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