二人ではんぶんこ

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二人ではんぶんこ

長い、長いマフラーは僕の代名詞。 フィギュアスケートのエキシビションでは、試合で使えない小道具が使える。 ステッキ、ハット、脱ぎ捨てるジャケット。 女子選手だと、扇、フリフリの傘、チアガールみたいなポンポン。 選手は思い思いの趣向を凝らしてエキシビションプラグラムを仕上げてくる。 エキシビションは、試合で一定の成績を残さないと出演出来ない。 試合とは違って、リンクは暗く暗転していて、照明が氷に模様を描くように鮮やかな色彩で光を当てる。 僕はエキシビションナンバーで長いマフラーをよく使う。 最初は、エルビス・プレスリーの曲を滑るときに、プレスリーの襟元が特徴的な白い衣裳を意識して、それを長いマフラーで表現した。 長いマフラーを、新体操の女子選手が使うリボンのように、はためかせたり、スピンをするときに足に絡ませたり、コリオ・シークエンスのときは、天女の羽衣のように風を切って帆のように弧を描くように持つ。 このマフラーを使った演出が大好評で、東川祐貴のエキシビションといえば、マフラーというイメージが定着した。 ジャンプを跳ぶときにマフラーは邪魔なので、ステップの流れでリンクに置く。 僕はトリプルアクセル、トリプルトゥループのコンビネーションジャンプを跳ぶ。会場から大歓声を貰う。 そんな僕の最大のライバルにして、最愛の人は、僕の後にエキシビションで滑る。世界選手権のゴールド・メダリスト、ロシアのレオナルド・ドミトフ。彼の母はアメリカ人、父はロシア人。 アメリカ人らしい明るく陽気な性格と、ロシア人らしい、重厚なクラシック音楽を優雅に滑る彼のスケート。彼は大胆さと繊細さを持ち合わせた素晴らしいスケーターだ。 銀メダルは悔しい。世界選手権を二連覇した僕は三連覇を目指していた。その三連覇に待ったをかけたのは彼。 彼のエキシビションナンバーは今回、アジアをイメージしたプログラムだった。空手の日本、少林寺拳法の中国、ムエタイのあるタイ、アクション映画を彷彿とさせる、キレのある演技。 しかも、試合では禁止されているバク転を披露して、会場の熱狂はピークに達した。 バク転や前転など、縦に回る技は危険なのでフィギュアスケートでは禁止されている。試合後のエキシビションでそれをやることも微妙だ。ショーとエキシビションは違うから。 でもレオナルドはきっと、批判されてもケロっとしているだろう。彼は観客を楽しませることを第一に、エキシビションプログラムを作り上げてくるから。 そして、レオナルドはエキシビションなのに、暗いリンクで四回転ルッツを軽々と跳び、最後のチェンジフットコンビネーションを決めると、プログラムの最後に懐から手裏剣をひとつ取り出して、リンクに投げた。 アジアをイメージしたプログラムとはいえ、やっぱり僕を意識してくれていたんだ。カメラに抜かれているから、自然な微笑みに留めたけれど、レオナルドが僕に送ってくれた秘密のメッセージが嬉しい。 マスコミのカメラがカメラが入って来られない、選手達が泊まるホテルの一室で僕たちはこっそり落ち合った。 二人の共通言語は英語。ここで英語の話をすると、ややこしくなるから日本語に翻訳しておく。 「レオナルド、優勝おめでとう。悔しいけど、君の演技は素晴らしかった」 「祐貴、やっと君に勝てた。でも、まだ僕らの戦いは終わらない。来年はオリンピック、結貴と戦えると思うと血が騒ぐよ」 レオナルドはアメリカ人の母の影響なのか、身ぶり手ぶりがオーバー。でも、そんな彼の明るさは、神経質な僕にとって癒しだ。 「レオ…部屋の暖房が故障してない?僕の部屋もだけど、なんだかあまり暖かくないよ」 僕がそう言うと、レオナルドは肩をすくめて、 「フランスの大会だからね。色々な事情でスポンサーを怒らせたから仕方ないさ。祐貴、あの長いマフラーを貸してくれよ。二人であれにくるまれば暖房の温度が低くても平気さ」 僕は荷物からエキシビションで使った長いワインレッドのマフラーを取り出す。 ベッドに腰かけて、掛け布団を羽織りのように巻き付け、その上から長いマフラーをレオとはんぶんこする。 レオが僕の唇にフレンチ・キスをしてくれる。そして、ウィンクをすると、 「祐貴、これは挨拶じゃないよ」 僕の頬を指で撫でながら言う。 「わかってるよ、レオ。君は最愛にして最強のライバルさ」 僕もレオの唇にそっと口づけする。 同い年、二十歳の二人はもういい大人なのに、少年のようにそれ以上先に進めない。 はんぶんこにして二人をひとつに巻きつけたマフラーを、祐貴もレオも、もじもじと、ずっと指先でいじっている。 レオは祐貴をキツくハグすると、 「オリンピックが終わるまではスケートにストイックに、祐貴との愛はプラトニックでいたいんだ」 一筋の涙をこぼしながら言うと、祐貴も、 「わかってるよ。僕も同じ気持ちだ。日本人はシャイだと言われるけど、君になら言える、愛してるよ、レオ」 とめどなく涙が溢れてきた。 「祐貴、僕もだ。君を愛してる。だからこそ、君には絶対に負けない」 「望むところさ。僕だって負けない」 見つめ合いながら、愛を確め合い、闘志をぶつけ合う、二人の不思議な眼差しが交差した。 そして、ホテルの暖房がまともに機能せずに寒いので、二人はそのまま眠りに落ちた。 手を繋いだまま、長いマフラーをはんぶんこにして。
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