序章 舞い込んだタスク

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 ミサキのヘタレじみた進言をすぐ真横で見聞きしていた未散は、やれやれといった感じで短い溜息を吐いた。 (……先輩らしいムーブをしてもイマイチ決まらないのがミサキ(このバカ)らしいというかなんというか)  けれど女子高生は少しだけ驚き、そしてほんのちょっぴりだけ見直した。  人間に戻る為の“同類殺し”という、確証の無い私の我儘の為に、あの桐村咎愛(女狐)に思い切って発言してくれるなんて──と。 (……ミサキ(こいつ)もこの数ヶ月、何も考えずに雑用をこなしていたワケじゃないってコトね)  これじゃあまるで、私よりミサキ(こいつ)の方が頑張っているみたいじゃないか──。未散は思わず自嘲気味な微笑を零しそうになる。 「──ふはッ」  ミサキの進言を受けて、咎愛は吹き出した。 「あんたにしては大きゅう出たなァミサキ。まァ言いたいコトは分かる。けどなァ、可愛い部下に危険な任務を与えて怪我でもさせたら、ウチの心が痛むってモンや。およよ……」  白々しい声色で奏でられる形だけの台詞。どこから取り出したのか分からないハンカチで涙を拭く真似事のおまけ付きである。 (……絶対嘘だ) (ぜぇったい嘘ですネ……)  この時ばかりは二人の吸血鬼(未散とミサキ)は視線を合わせて以心伝心。  そして女子高生だけは続けてこう思う。 (なんていうか、桐村咎愛(この上司)あってミサキ(この部下)ありって感じするなぁ……)  どことなく、わざとらしい演技っぽい言動をする辺りが少しだけ似ている。しかし二人には決定的な違いがある。ミサキの場合は張り詰めた空気を弛緩させる為の面白おかしい冗談である事に対し、咎愛の場合は心の底から相手を小馬鹿にしている単なる嫌味でしかないという事だ。 「──まァでも、どぉ〜しても自分からわざわざ怪我しに行きたいゆうんやったらウチは止めへんよ。勝手にしいや」  そう言いながら咎愛が取り出したのは二枚の書類だった。なんだろう、と二人の吸血鬼(未散とミサキ)は怪訝そうに首を傾げる。 「えーと、それはいったい……?」  栗色髪の吸血鬼は上司に問うた。 「こないだ第一支部から新たにリストアップされた野良吸血鬼の内の二人や。こいつらの対処に当たってもらう。ふはッ、お望み通り野良吸血鬼絡みの任務ってワケや、めでたいねェ」 「え……お、おおお!? マジですか桐村さん! 聞きましたか未散! 遂に来ましたヨ野良吸血鬼案件! ちゃんとしたお仕事ですヨ! いやー言ってみるもんですネ〜アッハハ!」  未散の手を両手でがっしりと握り締めてぶんぶんと振り、あたかも自分の事のように喜ぶミサキ。一方、女子高生はというと顔には出さないものの心の中では小さくガッツポーズをしていた。誰にでもできそうな雑用から、本格的な執行課らしい任務。確かな前進を、少女は実感していた。 (……でもあくまで野良吸血鬼をって話だし、そいつらが“同類殺し”の(始末してもいい)対象って決まったワケじゃあないんだよね)  吸血鬼の吸血鬼による吸血鬼の為の組織──“Vamps(ヴァンプス)”は、野良吸血鬼が現れた場合、これの保護に向かう。現代まで続いている吸血鬼の神秘を秘匿する為、人間の世界を彷徨う同胞を正しい(吸血鬼の)世界へと迎え入れる。言わば住民登録のようなもの。  そして、野良吸血鬼は大きく三種類に分ける事ができる。  一つ目は、素直に組織に属する者。  二つ目は、組織に属する事を最初は拒む者。  そして最後に、組織に属する事を拒み、抵抗し、力を抑える事なく好き放題に生きて吸血鬼の世界の神秘を破る者。  未散が求めているのは三番目。そういう平穏を脅かす連中は組織にとって邪魔でしかない。ゆえに殺処分もやむなし──“同類殺し”の対象という事である。  しかし今回の野良吸血鬼二名がその対象かどうかはまだ分からない。  女子高生は逸る気持ちを抑え込む。今はただ、与えられた任務を全うして完遂すればいい。そうすれば、自ずと次の任務が舞い込んでくるというもの。 (……急がば回れ、ってやつかな)
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