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†††
二人の吸血鬼は組織での用事を済ませ、帰りのエレベーターの中にいた。
「……一週間、かぁ」
「ええ、一週間ですヨ……」
一週間というワードを、やる気の無いキャッチボールのように交わす二人。先が思いやられるという風な、これからどうしよう──といった感じの憂鬱な気分が彼女達を包み込んでいた。
雑用から野良吸血鬼案件へとランクアップした任務を桐村咎愛から言い渡されたまでは良かったのだが、銀髪の吸血鬼はこう続けたのだった。
『あぁせやせや。一応この任務には期限を設けさせてもらうで。今月中に終わらんかったら、アンタらは無能と判断する。ほんでまた誰でもできるような仕事をこなす下っ端として働いてもらうからよろしゅう〜』
その時の銀髪の吸血鬼は非常に楽しげに──愉しげに、嗜虐的な笑みを浮かべていた。
「はぁ゛〜〜〜〜あ。ウキウキ気分で蓋を開けてみれば中身は制限時間付きのミッション。しかも失敗すれば雑用係に逆戻り……うわーんブラックすぎます! てか桐村さんの無茶振りが毎回ヒドすぎる! どこにいるかも分かんない人達を? 情報量が少ないこんな紙切れを元に探し出して? 適切な処理を一週間以内にしろ? ワタシ達は手品師じゃないんですよぉ〜〜ッ!?」
今回の任務対象の情報が記されている二枚のA5サイズ用紙をパシパシと手の甲ではたきながら、不満の色が濃い早口でまくし立てるミサキ。
「……うるさい、黙って」
閉ざされた空間の中、隣でワーワーと騒がれてイラッとしたのか未散はちょっぴりドスのきいた声でそう言った。
「そう言われましても……一週間しかないんですから慌てふためくのは自然な道理ですヨ……」
「……ハ、意外だね」
未散は鼻で笑いながら言う。
「な、何がですか」
「あんたなら、一週間もありますヨ──とか言うと思ってたんだけど」
女子高生は歯を見せず、闇夜に浮かぶ三日月めいた不適な微笑を浮かべながら、いつもの平坦な声のままミサキの口調を真似てそう言った。
それを聞いたミサキは一瞬キョトンとするものの、すぐににやりんと悪戯っぽい笑みを滲ませ、そしてその溌剌とした声を弾けさせる。
「アッハハ! こりゃ一本取られたって感じですかネ! ええ、ええ。確かに一週間もありますネ。うんうん、我ながららしくなかったなー。ネガティブ思考ダメ絶対! 案ずるよりも生むが易し、なんくるないさー、ケセラセラーッてネ!」
ケラケラと笑い飛ばし、いつもの調子を取り戻すミサキ。
彼女は自分でも気付かない内に焦っていた。この機を逃せば未散が人間に戻る為の手段が絶たれ、二度とそのチャンスが訪れないのではないか──と。
けれど、他でもない未散本人が誰よりも冷静で落ち着いている。本当は一日でも早く人間に戻りたいハズなのに。
ようやく舞い込んできた“次”へと繋がる糸。ここで焦ったり、力任せに手繰り寄せては、脆く儚く千切れてしまうというもの。
だからこそ、女子高生はクールに平常運転。伊達に数ヶ月、雑用係という待遇に耐えてきたワケではないというコトである。
(だったら、ここでワタシが焦っても仕方ない。未散のペースを乱すだけだ。ワタシもこれまで通り、ワタシにできる事をするとしましょう)
ミサキの顔に張り付いていた緊張が解けてリラックスした様子の表情を横目で見て、未散はやれやれといった感じで小さく溜息を一つ。
能天気でバカなミサキは普通にウザいが──いつもと違う調子のこいつは、それはそれでもっとウザい。女子高生は静かにそう思う。
「……で、どうするワケ?」
「うーむ、とりあえず情報収集でしょうか。皮肉ですが探偵みたいなコトはこの数ヶ月やってきたワケですし、身に付いているでしょう?」
「まあ、不本意だけどね」
「よーし! 幸い今は石器時代でもなし、ネットをなんかこう駆使すれば案外すぐ終わる気がしてきましたヨ! アッハハ!」
「……あっそう」
二人がそんなやりとりをしている内に、エレベーターは目的の階に到着したのであった。
†††
執行課に所属する二人の吸血鬼に与えられし次なる任務。それは、
野良吸血鬼──
玖我薪菜
凶井亜流人
──以上、二名への適切な対処。
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