第1章 火炎なるエンカウンター

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 †††  ミサキはネットカフェの一室にいた。 「──さて、と」  彼女はスマホをテーブルの上に置き、座りっぱなしで凝り固まった体を解す為に立ち上がり、腕を上にぐっと伸ばす。 「ん゛ん〜……そろそろ未散の家にでもお邪魔しておくとしますかネ〜」  二人の吸血鬼(未散とミサキ)の間で、特に場所を指定していない時の放課後に会う約束は、決まって未散の家が集合場所となっている。勿論、未だにミサキは未散宅の合鍵など持っていない(恐らく未散はこれからも渡すつもりは無い)。ミサキが森羅万象(あらゆるもの)を開け放つ固有能力──“開放”で鍵を開けて不法侵入しては未散の帰りを待つ、というのが今や“普通”となっているのである。 「あ、でもやっぱ最後にもう一回だけソフトクリーム食べてからにしようっと」  ミサキはコンビニでの早朝勤務を終えた後、それなりの確率でネットカフェに足を運ぶ。しかもここはソフトクリーム食べ放題。疲れた体には甘い物が沁み渡るというヤツである。 (未散(あの子)の甘党が感染(うつ)っちゃったんですかネ……)  そんな事をぼんやり思いながら、栗色髪の吸血鬼はソフトクリームのマシンが設置されているドリンクバーコーナーへと向かうのだった。  †††  ミサキがよく訪れるネットカフェは上月(かみつき)駅前にある五階建てビルの三階に位置している。駅前という立地条件もあってか、利用客はそれなりに多い。中にはネカフェに住んでいるのではないかと思われるヘビーユーザー(?)もいるほどだ。  そして、そのビルの出口からミサキがとぼとぼと歩み出てきた。 「はぁ……まさかソフトクリームの機械がメンテナンス中とは。ツイてませんネ……」  最後の一杯を食べるべく軽い足取りでドリンクバーコーナーに向かうと、そこには無情にもメンテナンス中のソフトクリームマシンが静かに佇んでいたというわけである。一瞬で表情が虚無になったミサキは仕方なく代わりにメロンソーダをグラスに注ぎ、それを飲み干してネットカフェを後にし、今に至る。  彼女はスマホの画面で現在時刻を確認する。ちょうど午後一時半を過ぎたところ。未散が帰宅するまではまだ時間がある。 「ふうむ。とりあえず適当に飲み物とかお菓子でも買ってから向かいますか……」  ソフトクリームを食べそびれて若干憂鬱気味なミサキの心持ちとは裏腹に、本日の天気は雲一つない晴れ模様。そんな陽気もあってか、上月駅前の人通りは多い。  散歩中の子供連れや、早歩きでオフィスへと向かうサラリーマン、乗客を待つバスやタクシー。なんてことない日常風景がそこにはあった。  ゆえに。  という事象は、辺り一帯を非日常へと染め上げるには充分すぎた。 「────はぇ?」  あまり聞く機会の無い轟音に、思わずミサキは音のした方へ振り返る。そして同時に、辺りに大小様々なサイズのガラス片が無数に降り注いだ。  数秒、ミサキはフリーズする。周囲の悲鳴やどよめきも、今の彼女の耳には入らなかった。なにせ数分前まで自分がくつろいでいた場所が爆発したのだ。理解が追いつくのに数秒を要するのは仕方のないこと。 「マジ?」  ハッと我に返ったミサキは、背筋が凍てつく感覚を時間差で感じた。もしもソフトクリームマシンが通常運転していて、あのままゆったり甘味を堪能していたら──吸血鬼といえども無事では済まなかっただろう。最悪の場合、普通にあの世行きだったかもしれない。 「……ゾッとしない話ですネ」  この台詞一度言ってみたかったんですよネーと思いつつ、ミサキは次に周辺へ意識を向ける。どうやらミサキを含め、幸いにもガラス片の雨をその身に受けた者はいないようだ。  しかし肝心のビル三階部分からはもくもくと黒煙が立ち昇っていた。ミサキは諦めの色が濃い表情を浮かべながら、ビルから距離を取った。彼女は世話好きのお人好しではあるが、決して正義の味方やヒーローなどではない。手の届く範囲内に助かる命があるなら手を伸ばすが、そうじゃない時は諦めるしかない。勇敢と無謀は違うのだから。 「中にいる人達は、もう……」  助からないだろうな、と思いつつもミサキはとりあえず消防に連絡しようとしたが、ここで彼女は気付いた。ぞろぞろと増え始めている野次馬の中に数人、スマホでどこかに電話をかけている人がいる事に。  どうやらワタシがわざわざ消防に連絡するまでもないみたいですネ──と、栗色髪の吸血鬼はスマホを下ろす。じきに消防車や救急車がここへ駆けつけることだろう。 「にしても」  ミサキは集まってきた野次馬に紛れつつ、周囲の人々に目を配る。スマホを耳に押し当てていない人の多くは、カメラを起動して火災現場へそれを向けていた。  こりゃこの後SNSに火事の動画とかがいっぱいアップされるんだろうなーとミサキが苦い表情をしていたその時──。  栗色髪の吸血鬼は気付く。  野次馬の中にいた、“異物”に。 (あの子、何……?)  火災現場をスマホで録画する人の多くは、恐ろしいモノを見るような表情だったり、物珍しいモノを見るような表情だったりするのだが、その“異物”は違った。  それはまるで、美術館に展示されている絵画を見ているかのような恍惚(うっとり)とした表情。  それはさながら、SNS映えするモノを発見した時のような嬉々とした表情。  ミサキの観察眼でなくとも、それが悲劇や惨状を見る時の顔ではない事が理解できる。  するとここでミサキの訝しげな視線に気付いたのか、その“異物”──橙色の鮮やかな夕焼けの如き髪を持つ少女は、首をミサキの方へと向けた。目を逸らさず、どころかジッと興味深そうに見つめてきたのである。  そして、ニタリと笑った。 「────ッ!」  警戒レヴェルが、一気に引き上げられる。  距離にして約五メートル。ミサキは視力が悪くない方なので、それだけの距離でも視認できたのだ。  裂けるような笑みを零した際に見えた歯列矯正の装置と──使
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