37人が本棚に入れています
本棚に追加
(嘘でしょ……ッ!?)
ミサキは驚愕する。
目が合ったオレンジ髪の少女の瞳が真っ赤に変貌した事に対してではなく──こんな街中で、周りに一般人が大勢いる環境の中で固有能力を発動した事に。
吸血鬼の存在は伝説で、神秘で、秘密でなければならない。すぐそこにある“普通”に成り下がってはならない。ゆえに、ありとあらゆる手段を用いて、現代までその存在を隠し通してきた。
しかし、その幾百幾千の積み重ねはいつどこで瓦解するかは分からない。だからこそ“Vamps”という組織が存在するし、組織に属する吸血鬼達は不用意に街中で──しかもすぐ隣に一般人がいるような場所で固有能力を使ったりはしない。
なのに、オレンジ髪の少女は笑いながらその瞳を緋色く輝かせ続けている。子供っぽい、悪戯めいた笑みだ。
(まさか、野良吸血鬼!?)
ミサキはそう仮定するが、それでも分からない事だらけだ。
なぜこちらを見た途端に笑い、能力を発動したのか? まさかワタシの事を知っている? だとしたらどこで知った? 敵意はあるのだろうか? ていうかどんな能力なのか?
様々な疑問が次々と駆け巡るが、ここでミサキの思考は一旦止まる。
おもむろにオレンジ髪の少女が両耳に嵌めていたワイヤレスイヤホンを外して何かを言ったからだ。
流石にこの人々のどよめきの中、約五メートル先からの声を聞き取るのは厳しいものがある。なのでミサキは唇を読んだ。読唇術の心得があるわけではないが、向こうも読み取り易いよう一音ずつ口にしていた為、なんとか読む事ができた。
(“い・い・お・と・き・か・せ・て・よ・ね”? 一体どういう……)
付け焼き刃とはいえ唇が読めてもその言葉に込められた真意も読み取れないと意味無いですネ……とミサキがそう思った次の瞬間。
ぶちゅん、と。
ミサキの左目が突然、破裂した。
「ぎっ、ア゛、があああああァァァァッッ!?」
前触れもなく襲いかかってきた想像を絶する激痛に、ミサキは思わず人目を憚らず喉が裂けんばかりの悲鳴を上げる。
地に膝をつき、ミサキは脳内を埋め尽くす痛みを掻き分けてなんとか思考する。
(い、一体なにが……ッ!? 狙撃? いや、目に何かを撃ち込まれたというよりコレは眼球そのものが爆発したような──)
自分に何が起きたのか考えるミサキであったが、不意に自分が置かれた状況がマズいと思い始めた。
いきなり叫び声を上げたかと思ったら左目から尋常じゃない量の血を垂れ流す女なんて、火災現場と同等かそれ以上の注目の的だ。早急にこの場を去って、隠滅課に連絡しなければ──と、栗色髪の吸血鬼が思ったのも束の間。
「大丈夫ですか?」
意識の外から、かけられた声。
(やばッ、人が寄ってきた)
ミサキの額に嫌な汗が滲み出す。
なんとか誤魔化してこの場を切り抜けなければ。あまり目立ちすぎると、それだけ隠滅課の仕事が増えてしまう。そんな心配をしながら、ミサキはほんの少しだけ顔を上げて言う。
「だ、大丈夫デス……ちょっとあの、アレです、虫が目に入っちゃって」
うわー我ながらなんてヒドい言い訳なんだろう、とミサキは自分で自分を殴りたくなった。激痛のあまり、得意の“それなりな話術”のキレがガタ落ちしてしまっている。
「あらら、それは大変」
声をかけてきた人物は心配そうに言う。
そしてそのまましゃがみ込み、ミサキの視界右側にずずいと顔を覗かせる。
「──ッ!!」
ミサキは思わず残された目を見開く。
声をかけてきたのは、なんと先ほどまでミサキから約五メートルほど離れた所にいたオレンジ髪の少女だった。
まだ幼さが残る顔つき。制服姿ではあるが、高校生というよりは中学生ぐらいの年頃だろう。鮮やかな夕焼けめいたオレンジ色の髪は後ろで二本に結ばれており、前髪は真ん中分けで額を堂々と出している。
そして特徴的なのが、蟻を踏み潰す子供のような──無垢と残酷が共存している笑顔。さらにその笑みを浮かべた時にギラリと主張する歯列矯正の器具。
「じゃあもう片方もやったげる。そしたらもう、目に虫が入る事もなくなるよね? ひひひ!」
「────ッ!」
ミサキは脳から全身に危険信号が走ったのを感じた。野良吸血鬼と思しき少女の目的も固有能力も何もかも分からないが、ここで視力を全て失うのはとにかくマズい──と。
最初のコメントを投稿しよう!