序章 舞い込んだタスク

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 心が落ち着く音、というものがある。  雨の音、川のせせらぎ。はたまた鳥の鳴き声など。いずれも自然由来のものばかり。  今の時代、動画共有サイト等で検索すればそういったヒーリングサウンドは簡単に耳に届ける事が可能だ。  そして──ここにも一人。  完全ワイヤレスイヤホンを耳に装着し、人の手によって編集された自然環境音を聞いて心を落ち着かせている者がいた。否──落ち着かせている、というのは語弊がある。どちらかと言えば、。  電車の出入口付近で手すりにもたれかかるように立ち、その少女は窓の外を眺めていた。まるでウィンドウショッピングをするかのように、楽しげな面持ちで。  あれもいいな、これもいいな──と、思わず声に出してしまいそうになるのを少女はなんとか抑え込む。  彼女の視線の先にあるのは、都会を都会たらしめる象徴である高層ビルやオフィス、マンションだった。  世の中には高層建築物に魅力を感じる人は少なからず存在するが、彼女もその一人──というわけではない。  いや、全く魅力を感じないと言えば嘘になってしまうかもしれない。少女は背の高い建物は好きな方だ。ただし、での話だが。  雪化粧をした金閣寺のように、あらゆる建築物・建造物には“映えるシチュエーション”というものがある。普段とは違う姿を見せるモノに、人は魅せられるのである。  次の駅へと進入した電車は、完全停止したのちに左側のドアを開いた。この日は祝日という事もあってか、平日に比べて乗客は少ない。座席も数えるほどではあるが空きはある。  だが少女はそれでも座ろうとはしない。ずっと立ったまま、右側のドアの窓から外を見つめていた。  そしてここで、品定めをするかのように落ち着きの無かった彼女の眼球はピタリと止まる。まるで標的を定めた獣のように。  視線の先には、何の変哲も無い普通のビル。  けれど、それを見つめる瞳に異常が発生する。  ──人間らしい黒から、人外じみた赤へと。  ──少女はその瞳の色を切り替えた。  ここで、扉が閉まる旨を伝える車内アナウンスが響き渡る。駅員が吹いた笛の音ののち、鉄の扉はゆっくりと閉まる。  閉まると同時に──。  爆発音に驚いた電車内の乗客は、すぐ近くで巻き起こった非日常にどよめく。  発車しかけた電車も思わず緊急停車。動かなくなった鉄箱の中で、幾人かの乗客はスマホを構えて黒い煙を吐き出すビルを撮影していた。  そして、赤い瞳の少女も同じく。  目をこれまで以上にキラキラとさせながら、彼女は写真を撮りまくる。勿論、ムービー撮影もぬかりなく。  ある程度の撮影を済ませた少女は満足げにカメラを閉じる。するとここで彼女はイヤホンから何も聞こえてこない事に気付く。 「あるぇ? もう終わっちゃったんだ。まあいいや、再生再生(リピートリピート)っと」  つまらなそうに呟きながら、少女は動画共有サイトのアプリを開き、止まっていた動画のリピートボタンをタップする。  動画のタイトルは──“焚き火の音”。
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