第1章 火炎なるエンカウンター

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 ミサキは様々な感情が入り混じった震え声で、玖我薪菜(くがまきな)に忠告する。そう、最初にして最後の通告だ。 「……悪い事は言いません、今すぐそのとは縁を切りなさい」 「えぇ〜? んー、やだ!」  ほぼ即答だった。 「ヨハネは言ってる事イマイチよく分かんないけど優しいし、退屈だったあたしの毎日をズバッと変えてくれた。だったら、こっちも手を貸してあげるってのが道理っていうか義理ってモンじゃん? あたし、尽くすタイプなんだよね!」  屈託の無い笑顔で薪菜は語る。  相手は無邪気で無垢な女子中学生──ゆえに説得の余地はあると思っていたミサキだったが、その考えは早々に打ち砕かれた。既に玖我薪菜の心は榊葉夜翅(さかきばよはね)に掌握されつつある。 (夜翅……見た目は普通だけど中身はゴチャ混ぜの絵の具みたいな奴のクセに人を惹きつける“何か”があるなぁとは薄々感じてましたケド、これは単に──狂った奴が超狂った奴に群がってる(類は友を呼ぶ)ってだけの話なのかもしれませんネ)  榊葉夜翅と接触した野良吸血鬼と遭遇するのはこれで二例目。一例目(蒼乃凪沙)から二例目(玖我薪菜)までに数ヶ月の間隔が空いているとはいえ、まだ更なる“接触者”がどこかにいると考えた方がいいだろう。 「はーあヤレヤレ。退屈だった毎日を変えてくれたとか、中学生が悪事に手を染める理由としては下の下ですネ」 「悪事って、あたし別に悪いコトしてないんだけどぉ〜? 言いがかりはやめてよね先輩」 「えぇ……」  ここまで来るともはや確信犯なのでは? と思ってしまうミサキであったが、薪菜の瞳を見る限りその輝きは純粋そのもの。この世の暗くて汚い部分を知らない、曇りなき双眸だ。 (悪いコトを悪いコトだと気付かせてあげるのが先輩としての役目なんでしょうけど……何も知らないまま処分される方がこの子の為になる──のかな? あーもー! ワタシにも未散みたいにクールでドライな思考回路があればなー!)  がしがしがし、と栗色の長髪をかき乱すミサキ。まあ今ここで未散の思考回路が彼女に備わったところで、銃という凶器が無い以上どうする事もできないのだが。 (って、ありもしないコトを考えても仕方ないですネ。今はとにかくここから逃げる方法を考えないと……!)  焦る気持ちを落ち着かせるように、ミサキは深呼吸をしながら乱れた髪をかき上げる。強い眼光に宿るのは、ただこの場から──火炎地獄(玖我薪菜)から生きて帰るという固い意思。  ──の、はずだったのだが。 「あ。ごめん先輩、あたしそろそろ帰るね」 「……なんですと?」  オレンジ髪の野良吸血鬼が、まるで門限があるから帰るような気軽さで言うものなので、ミサキは思わず聞き返してしまった。 「え、帰るって……ワタシてっきり今からバーベキューにされると思ってたんですケド」 「ひひひ、バーベキュぅー? なになに先輩、こんがり焼かれたい派だったの? ウケる!」  けたけたと笑う薪菜。これじゃ身構えていたこっちがバカみたいじゃあないか、とミサキはちょっぴり複雑な気持ちになる。 「いや〜今日は挨拶程度で済ませておこうってヨハネに言われてたんだよね」 「挨拶、ねえ……」  眼球を爆破したりスマホを燃やしたりするのが挨拶かあ〜とミサキは遠い目をする。 「じゃ! そーゆーコトだから、また会おうねオニヅカ先輩! 今度はもっと遊んでよねー!」  手をぶんぶんと振り、満面の笑みを浮かべながら路地裏から走り去る薪菜。本当に、野良吸血鬼だという点を除けば普通に溌剌とした好印象な女子中学生である。 「……せめてミサキ先輩と呼べーッ!」  自分の名字を好ましく思っていないミサキは捨て台詞のようにそう叫んだ。しかしオレンジ髪の少女──玖我薪菜はもういない。ただ虚しく薄暗い路地裏にこだまするのみ。  緊張が解けたミサキはその場にへなへなと座り込み、ため息まじりに呟く。 「助かったぁ……」
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