第2章 鮮血のハイブリッド

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 †††  午前九時半頃。  二人の吸血鬼(未散とミサキ)は海岸沿いを走る江ノ島電鉄に乗っていた。 「いや〜天気が良くてなによりですネ。ほらほら、富士山もクッキリ見えますヨ未散!」 「……あっそう」  電車に揺られながら他愛の無い話(ミサキが一方的に喋っているだけだが)をする二人。  未散の興味は富士山には無く、車窓から見える海にあった。 「……」  いくら見渡しても、どれだけ目を凝らしても、潜水艦らしき影も形も見当たらない。本当にこの海のどこかに潜水艦(そんなもの)があるのだろうか、と女子高生は疑問に思う。そして同時にこうも思う。 (私が意識して見つけようとしても認識できないほどの強力な“(まじな)い”──ってコトか)  以前、桐村咎愛(きりむらとがめ)が使用した人除けの“呪い”は、人間に対する特定の場所への立ち入りを禁じる無意識下への刷り込みだった。  しかし未散は“準血種(セミ・ブラッド)”──人間ではない。その上、“この海の近くに第一支部がある”と知っている。咎愛の“呪い”も充分に強力だが、第一支部が行使しているは次元が違う。 (……私は“準血種(セミ・ブラッド)”だから“呪い”のコトなんてよく分からないしどうでもいいけど、今日まで吸血鬼の存在が不確かなままなのは──こういう化け物じみた力のおかげでもあるんだろうな)  そんな事を思いながらぼうっと窓の外を眺める未散。すると視界に入り込んでくる、キョトンとした栗色髪の吸血鬼の顔。 「……何」 「やー、さっきからムズカシイ顔してるなーって思いまして。あっもしかして乗り物酔いする感じでした? あっちゃ〜酔い止め持ってくればよかったかな……」 「生憎と乗り物酔いはしない体質だから」 「おや、じゃあ船とかも平気だったり?」 「……まあ、わりと」  船──潜水艦(第一支部)。  そういえば、海に浮かぶ船には何度か乗った事はあれど海の中へ沈む船には乗った事が無いな、と未散はふと思う。  海の上と中とではやっぱり乗り心地が違うのだろうか──そんな事を思っていたら、 「そいつは重畳。とはいえ船に乗るコトはありませんけどネ〜」 「……は?」  ミサキの言葉に、未散は眉をひそめる。 「あれ、言ってませんでしたっけ? 無明院さんとの面会は画面越しだって」 「……言ってない」 「オウフ……記憶力が良いアナタがそう言うならまあそうなんでしょうネ、アッハハ!」  こりゃうっかり、とばかりに自分の報告ミスを笑って吹き飛ばすミサキ。そんな隣のテキトー吸血鬼に呆れ果てた未散は大きな溜息を一つ。 「え、そんな残念そうにしなくても……そんなに潜水艦に乗ってみたかったんです?」 「……今の私の反応を見てどうしてそう解釈するワケ? 潜水艦とかどうでもいいし」 「アッハハ、どうでもいいときましたか。まあ確かに普通に生きてたら縁の無い乗り物ですからネ、興味が湧かないのも分かりますとも」  うんうん、と頷きながら言うミサキ。 「ま、それはさておき話を戻しますケド、無明院さんは第一支部の支部長──いわば“Vamps”にとって超重要人物ってワケです。そんなお方とワタシ達みたいな下っ端が面と向かってフリートークできるなんてウマいお話あると思います?」 「……」 「画面越し・秒単位・その他諸々の対策をした上で初めてワタシ達は無明院さんと会話する事ができるワケです。第一支部の中でも彼女と直接話せる人はごく僅からしいですヨ」  随分と大層な人物に(画面越しとはいえ)会いに行くんだな、と未散は電車に揺られながらちょっぴり面倒臭さを感じ始めていた。 (……まあ主に話すのはミサキ(こいつ)だろうし、変に構えなくていいか)  いつも通り。自然体。普通にしていればいい。そう考えながら、女子高生はその手に握られているをぼうっと見つめる。 「あ、そろそろ到着しそうなので降りたら適当なタイミングでは破ってくださいネ〜」 「……はいはい」  紙切れの正体はミサキの“呪い”だった。  未散がつまらなそうに紙を裏返すと、そこには走り書きのような赤い文字めいたものが記されていた。これと同じようなものをミサキも持っている。紙切れ(“呪い”)が発揮している効果は、“存在感の低下”と“会話の消音(ミュート)”。おかげで二人の吸血鬼(未散とミサキ)は他に乗客がいる電車内でも気にせず吸血鬼トークを繰り広げられていたというわけである。
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