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未散は海があまり好きではない。
いや、正確に言うならば真夏の茹だるような暑さと、海水浴客でごった返すあの劣悪な環境が好ましくないだけだ。
しかし今はハロウィンを目前に控えた秋頃。暑さもなければ人混みもない。こういう海なら悪くないかな──と、見慣れない光景に少し浸りながら、女子高生は浜辺を歩く。
ローファーの靴跡を砂浜に刻みながら未散が波音に耳を傾けていると、
「アッハハ冷たぁい! ほらほら未散もどうですか? 秋の海ってのも中々オツなもんですヨ!」
ジーンズの裾を膝下辺りまでめくり、脱いだ靴下を突っ込んだスニーカーを手に栗色髪の吸血鬼はバシャバシャと海に足を踏み入れて無邪気にそう言った。
「……何やってんの、あんた」
「何って、まあ、お約束〜みたいな?」
なんのお約束なんだか、と思いながら未散はミサキから若干距離を置く(知り合いだと思われたくないため)。
タオルとか持ってきてないのにこの後どうするつもりなんだろう、と女子高生が思っていると、
『くかか、なるほどお約束か。母なる海を目の当たりにした際の反応としては、まあ当然と言えば当然かもしれぬな?』
そんな声が、意識の外から投げかけられた。耳にではなく、頭の中へ直接。
「──支部長、今は休憩時間です。勝手に次の面会者に精神感応系の“呪い”を利用して話しかけるのはおやめください。公平性に欠けるといつも言ってるでしょう」
次に、若い男の声。こちらは肉声だった。
しかし、その事務的で淡々とした声色の持ち主は、二人の吸血鬼の視界に突如として出現したのである。足音も気配も無く。
「……ッ!?」
未散は驚くと同時に、反射的にその瞳の色を紅蓮に染め上げ、両手に銃を出現させようとしたが、直前でミサキの目配せに気付く。
「──(首を横に振る)」
敵じゃないです、安心して──そう言いたげな顔ではあるが、いきなり現れたスーツ姿の若い男にミサキも正直驚きを隠せず、冷や汗が滲み出ていた。
「ああ、驚かせてしまったのなら申し訳ありません。“呪い”で存在感を操作していたものですから」
サラリと男は言うが、ミサキの表情は若干ひきつっていた。
(存在感を操作? いやいやいや、アレは完全にいなかったってば。向こうが声を出すまで気付けないとか、どんだけ練度が高い“呪い”なんですかもー!)
ちょっとした恐怖を感じつつも、ミサキはスーツ姿の男に問いかける。
「え、えーっと一応訊きますケド、アナタは第一支部のお方で間違いないんですよね?」
「はい、僕は“Vamps”第一支部所属・九条麗慈。支部長の秘書をやらせていただいております。貴女がたの事は既に存じておりますので自己紹介は不用ですよ、鬼塚美咲さん、朱咲未散さん」
控えめな営業スマイルの後、ぺこりと頭を下げて自己紹介を終える麗慈。それに応えるように軽く会釈をする二人の吸血鬼。
「……あんた、なんですぐに敵じゃないって分かったの?」
と、女子高生は小声で隣にいる栗色髪の吸血鬼に問う。
「あー、胸ポケット辺りのピンバッジが目に入ったので。“Vamps”各支部にはそれぞれの特色を表した紋章みたいなのがあって、それがバッジになってるんです。まあ簡単に言えば校章みたいなモンですヨ。真面目に付けてる人なんて見た事ないですけどネ」
九条麗慈がスーツの胸ポケットに付けているのは、第一支部所属である事が一目で分かるモノ。
鋼鉄の蕾を引き裂こうとする手のモチーフ──裂けない花、つまりは破れない無敵の象徴。可憐にして枯れぬ未来を持つ不朽の証明。
それこそが第一支部の特色である。
「……ふうん」
という事は第二支部にも特色やらバッジがあるのだろうか、と未散は少しだけ気になったがすぐにどうでもよくなった。
「さて」
腕時計を確認し、麗慈は言う。
「もうすぐ時間です。準備はよろしいですか?」
麗慈の真面目かつ事務的なトーンのせいか、妙な緊張感が走る二人の吸血鬼であったが、静かに首を縦に振る。
「では最終確認の後、面会を始めます──」
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