第2章 鮮血のハイブリッド

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 ††† 『──以上が、玖我薪菜についての情報じゃ』  書架による“叡智”を用いての暴露はほぼノンストップで1分半ほど続いた。  画面の向こうから聞こえてくる個人情報に次ぐ個人情報に対して、未散はそれらを頭に叩き込みながらどのように玖我薪菜を捕縛し──あわよくば始末できるかを機械のように並列思考した。  隣にいるミサキは半ば右から左。ワタシが覚えなくても未散が覚えるからそんな真剣に聞かなくてもいいか、と思い静かに相槌だけを打っていた。 「……ありがとうございます。じゃあ次は凶井亜流人についてお願いします」 『よかろう──と言いたいところじゃが、タイムリミットが迫っておるぞ、どうする?』  もうそんな時間か、と未散は心の中で舌打ちをする。与えられた面会時間は393秒。長いようで短い約6分半。ただ答えを聞き出すだけなら充分な時間かもしれないが、書架のペースはどこか掴みづらい。油断していると話が脱線してしまいがちだからだ。 「構いません。残り時間で伝えられる端的な情報をお願いします」  声色はいつもの気の抜けた炭酸みたいなものだが、内心焦っているのか若干早口になる未散。とにかく一つでも多く成果を得なければ──その一心で女子高生は答えを待つ。 『くかか、全く合理的な物言いをする娘じゃな。ま、少なくとも儂は嫌いではないがな。どれ、では最後の“叡智”を授けてやろう──』  †††  帰りの電車内。  他にも乗客がちらほらいる中、二人の吸血鬼(未散とミサキ)は並んで座席に座って黙り込んでいた。  喧嘩をして気まずい雰囲気、というわけではない。どちらかと言えば「どうしたもんか」という風な行き詰まり感。 「やー……端的な情報とは言いましたケド、ねえ? まさかなんて言われるとは思いませんでしたヨ……」 「……変わった名前だなとは思ってたけど、答えを知った今じゃあ分かりやすい偽名だよね。凶井(紛い物)亜流人(ヒトの真似事)、なんてさ」  はあ、と気怠げに溜息(いき)が合う二人。  勿論この会話はミサキの“(まじな)い”で消音済み。乗客らの耳には一切届いていない。 「……ていうか、いつの間にかこの任務(雑用)、かなり難易度上がってない?」 「あ、気付いちゃいました? ワタシもさっき思い至ったところデス。単なる野良吸血鬼二人の処理かと思いきや、蓋を開けてみれば片方は“Vamps”が血眼になって探している大罪人ときたもんですからネ」 「……もしかして桐村咎愛(あの女狐)、最初から分かってて私達に押し付けたんじゃ」 「あー……うん、あり得ない話じゃあありませんネ。でも、桐村さんは腹黒ですが悪い人じゃあない。何か考えがある、と思いたい……多分」  自信無さげな苦笑いを浮かべながらミサキはもにょもにょと言う。  組織が手こずっている相手を一週間以内に処理しろ──なんて無茶振り、新人に押し付けるモノじゃない。確かに何か考えがあっての事だと思いたいが、単なる嫌がらせという可能性が無きにしも非ず。何せ部下にお灸を据える感覚で土手っ腹に日本刀を投擲してくる女だ。半信半疑の疑心暗鬼になるのも無理はない。 (……全部丸分かりの玖我薪菜を後回しにしてギリギリまで榊葉夜翅について探るのがベターかな。いや、順番はどっちでもいい──とにかく玖我薪菜に割く時間は最小限にしないと)  女子高生が難しい顔で思案していると、電車がその速度を緩やかに落としていく。もうすぐ次の駅に到着する事を意味していた。  二人の吸血鬼(未散とミサキ)が降りる駅はまだ先だ。しかし彼女達以外の乗客はそそくさと荷物を持って降りる支度をする。  扉が開き、乗客達はぞろぞろと降りていく。ぞろぞろ、ぞろぞろと──。 「──オヤ、貸し切りになっちゃいましたネ」  不気味なほど伽藍(ガラン)とする電車内。  ミサキはお気楽に貸し切りなどと言っているが、妙に思った未散は左右の車両を確認する。祝日の江ノ電は4両編成。そのいずれの車両にも人影は見当たらない。  そして女子高生は先頭車両の方をジッと見て、訝しげに言う。 「……ていうか、? 」  未散の深刻そうな声色に、ミサキもようやく違和感を抱き始める。確かに、乗客が降りてからいつまで経っても電車は発進しない。それもそのはず、この鉄の箱を操縦する者も降車してしまっているのだから。 「あー……えっと、これってワタシ達も降りる流れなんですかネ……?」 「いや奇怪(おか)しいでしょ。私達が降りる駅、まだ先なんだし」 「でも運転士さん、お仕事放棄してどっかいっちゃいましたヨ? これじゃ発車できるモンもできないですってば」 「…………」  露骨に面倒臭そうな顔をする未散。  何が起きているのかよく分からないが、現状を理解する為に思考を巡らせるより現状に身を委ねる方がラクだろうなと思い至った女子高生は脳内のスイッチを切り替える。  目的地に向かわない電車に用は無い。さっさと降りてタクシーなりバスなり利用すればいい話だ。未散はそう思い、すっくとシートから立ち上がる。 「……降りる」 「え、ちょっ、待ってくださいよぉ未散──」  ミサキが慌てて席を立とうとした瞬間、 「あらあら、駄目ですわよ降りてしまっては」  淑やかな女の声が、車内に染み込む。 「「──っ!?」」  二人の吸血鬼(未散とミサキ)が降りようとした扉とは違う方の扉から聞こえてきたその声に、二人は驚愕と共に振り向く。  そこにいたのは、新たな乗客。  まず目を引くのは、闇のような黒地に血の噴水の如く咲いた彼岸花柄の着物姿。そして濡れ羽色のおかっぱ頭。絵に描いたような大和撫子、という第一印象。 「(わたくし)が人払いをしたのは、貴女方を炙り出す為、そして──(わたくし)が少し暴れてもいいようにする為」  着物女の猟奇的な笑みを見て、二人の吸血鬼(未散とミサキ)は警戒度を跳ね上げる。 「あらあら、そう身構えないでくださいな──なんて、無理な話かしら。では遅ればせながら自己紹介を。(わたくし)夜射刃(やいば)帯重(おびえ)」  ニコリ、と大罪人の名を口にしながら着物女は微笑む。
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