第2章 鮮血のハイブリッド

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 迷いなき銃声が響く。  しかし、。 「……()ッ」  女子高生の右頬を伝う一筋の赤。  破裂音に驚いて思わず耳を塞いでいたミサキは、未散の負傷に気付いて目をギョッとさせる。 「ちょっ、未散ッ!? 何事!?」 「あらあら、ごめんあそばせ。いきなり。可愛いお顔に傷が付いてしまいましたけど大丈夫ですわよね、吸血鬼なんですもの」  くすくす、とおかっぱ着物女──夜射刃(やいば)帯重(おびえ)は静かに笑う。 「……」  出会って数秒、未散の直感が断言する。  着物女(こいつ)は格上だ──と。  数秒前。帯重が大罪人(夜翅)の名を出した瞬間、未散は即座に能力(“二丁拳銃”)を発動し、まずは動きを封じる為に足を狙った。初対面とはいえ夜翅の名を出す以上は関係者であり吸血鬼なハズ、そう思った時には既に弾丸は帯重めがけて発射されていた。  しかし弾丸は帯重の足を貫くことはなく、跳ね返ってそのまま未散の頬を掠めたのだった。 (……見えなかった)  弾き返した、と帯重はしれっと言ったが、どんな方法を用いればそんな芸当が可能なのか。 「それにしても拳銃を出現させる力だなんて、ウフフ、人は見かけによりませんわね。(わたくし)が夜翅と繋がりがあると判断した次の瞬間に引き鉄を引けるその即断即決っぷりも素敵ですわ」  品定めをするかのような悠長さで帯重は語る。まるでいつでも相手を再起不能にできる──そんな余裕が見え隠れしていた。 「未散未散。聡明なアナタならとっくに気付いてるかもしれないですが、あの方ワタシ達じゃ多分勝てないですヨ……」  ミサキは未散の耳元で囁きながら、ハンカチを手渡す。頬の血を拭け、という事なのだろう。 「……分かってる」  そう言いながら未散は血を拭き取る。傷は既に自己再生により塞がっていた。 「別に勝つ必要は無いでしょ。なんとか引っ捕らえて榊葉夜翅の事を洗いざらい吐いてもらう」 「なるほど完璧な作戦ですネーっ、不可能だという点に目をつぶればよぉ〜〜」 「……ハ、やってみないと分かんないじゃん」 「アッハハ、そう言うと思ってましたヨ!」  くぐり抜けてきた修羅場の数、経験の差、そして──浴びてきた血の量。二人の吸血鬼(未散とミサキ)着物女(帯重)からヒシヒシと感じ取っているのは、恐らくそういった類。達人や職人というものは纏っている雰囲気からして質が違うものだ。  おかっぱ頭の着物女──夜射刃帯重からは、蒼乃(あおの)凪沙(なぎさ)のような未熟さも、玖我(くが)薪菜(まきな)のような幼さも感じられない。 「あらあら、もうお喋りは終わりですの?」  人差し指を顎に当て、首を傾げながら着物女は言う。喋っている最中に動きを見せない辺り、本当に余裕が垣間見える。 「ええ、ですがここからはアナタとのお喋りタイムです。えーっと、夜射刃さん……でしたか?」 「帯重でいいですわよ」 「あーじゃあ帯重さん。荒事はなるべく避けたいので、話し合いで済むならそういう方向でお願いしたいのですが……」  戦い向きの能力を持たないミサキが身につけた二つの処世術・“それなりな話術”と“まあまあな観察眼”。帯重の見た目・喋り方・纏う雰囲気から彼女を“理性的で話が分かる人”と判断したミサキは、まずは話し合いを切り出した。恐らく炎熱系JC(玖我薪菜)よりかは話は通じるハズ、と栗色髪の吸血鬼は仮定するが……“まあまあな観察眼”は本当に“まあまあ”な精度でしかない。 (初対面相手じゃあ基本的に出たとこ勝負のギャンブルなんですよネェ……!)  大丈夫だろうか、と隣にいる未散は怪訝そうな顔をしながら能力を解除せず(銃を消さず)、いつでも撃てるように警戒心を張り詰めていた。 「ん〜話し合い、ですか……」  ふーむ、と帯重は瞑目する。  三人しかいない電車内に沈黙が訪れる。  しかし、ものの数秒でそれは切り裂かれた。 「無・理・で・す・わぁ!!」  爛々と見開かれた帯重の瞳は赤く染まっていた。吸血鬼としての力を行使しているという証明に他ならない。  帯重の手には先ほどまでは無かったモノがあった。それこそが彼女の固有能力。何もないところから特定の武器を召喚する、未散の“二丁拳銃”や咎愛の“日本刀”の系譜。 「うわー……未散これは戦闘不可避ですヨ……だってを武器にする人が理性的で話が分かる人なワケないですもぉん!」  思わず変な笑いが出てしまうミサキ。 「……ていうか、武器じゃないでしょ」  冷静を装ってはいるが、若干引きつった笑みを零す未散。  夜射刃帯重が固有能力によって召喚したのは、一般的には工具として扱われるモノ。搭載されたエンジンによって鎖状の刃が回転し、対象物を切削する──所謂“チェーンソー”である。  そもそも、この電ノコ着物女と話し合いなんて最初から成立しなかったのだ。暴力的なほどのエンジン音が全て掻き消してしまうのだから。
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