第2章 鮮血のハイブリッド

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 双眸を赤く染めた帯重は、再びその手にチェーンソーを出現させた。  地獄からの呼び声の如き駆動音が嘶く。  これでもう、電ノコ着物女には誰の声も届かない。やめて、お願い、殺さないで──そんな静止を促す声も丸ごと飲み込む無慈悲な刃。 (……さて)  どうしたもんか、と未散は溜息を吐きながら思考する。そこに焦りはない。ただ漠然と、電ノコ着物女をどう攻略して始末するかを機械のように演算する。  相手の武器はチェーンソー。ヒットしてしまえばまず無事ではいられないし、防御もほぼ不可能。そして使い手の身体能力は非常に高い。重量がある得物であろうと関係なく間合いを詰めて斬りかかってくる。非常に厄介で、脅威だ。 (……それに、たぶん銃も効かない。最初に私が撃った弾を跳ね返したのは、チェーンソーを出して弾に当てて跳弾させた……ってトコだろうな)  発砲に反応し、弾道を読み、チェーンソーを出現させ、刃に弾を当て、跳ね返す。うん、どっからどう考えても人間技じゃない──いや人間じゃないけど。と、未散は心の中でセルフツッコミを入れる。 (……でもまあ、まだ有利なハズ)  コツ・コツ、とゆっくりとそれでいて確実に近づいてくる帯重を見据えながら、未散は自分の両手にある銃を握る力を強める。  ──以前、雑用任務ばかりを押し付けられていた頃、ミサキから聞いた話を思い出す。  ††† 『未散や桐村さんみたいに、何もないところから特定のモノを出す固有能力には“出現上限”が設けられてるんですヨ』 『……“出現上限”?』 『そ。まー簡単に言えば出せる数の限界、みたいなモンです。未散の“銃”なら2、桐村さんの“日本刀”なら128といった風に、この系統の能力にはこういった上限があるワケです。実際の所、アナタは3つ目の拳銃を出すコトができないでしょう?』 『……確かに、何度か試した事はあるけど無理だった。まあ、銃なんてどうせ両手の数までしか握れないし、たくさん出せても意味ないけどね』 『アッハハ、仰る通りですとも。では未散の“銃”と比べてなぜ桐村さんは“日本刀”を128本も出せると思います?』 『……さあ』 『まあ“純血種(シン・ブラッド)”と“準血種(セミ・ブラッド)”での違いとか、才能だったり色々と要因はあったりしますが、この系統の能力の根底にあるのはというコトです』 『……ふうん』 『刀なんて言ってしまえば単なる刃物です。対して拳銃の構造は複雑。一目見て理解できる代物じゃあありません。そんなややこしい凶器(モノ)は出せてもせいぜい1丁2丁が限度でしょう』 『じゃあ仮に私が銃じゃなくて刀を出せる能力を持っていたら、桐村咎愛(あの女狐)みたいに100本近く出せたりするの?』 『あ〜……多分それは厳しいと思いますヨ? 未散は“準血種(セミ・ブラッド)”だし、そもそも桐村さん自体が色々規格外といいますか──』  ††† (……チェーンソーなんて派手(複雑)機械仕掛け(オモチャ)、出せても一つか二つ。死角はあるハズ──!)  女子高生は二丁拳銃を構える。狙うは夜射刃帯重の眉間と足首。初撃は一発しか撃たなかったから難なく跳ね返されたが、二発同時に──なおかつ離れた場所なら、と未散は考えた。 「良い思い付きですわね。けれど無意味ですわ。貴女の武器()では(わたくし)に届かない。せめて弾道が曲がる撃ち方とかを習得すれば、少しは戦えたかもしれませんわね」  帯重は相変わらず柔和な笑みを浮かべながら悪意なき狂気を口にする。しかし、チェーンソーの駆動音のせいで何も聞こえない。 「……!」  だが未散はかろうじて電ノコ着物女の唇を読んで、何を言われたのかを把握した。  そして、シニカルな笑みを浮かべ、引き鉄にかかっている指に力を入れる。 「……ハ。良いね、曲がる弾(ソレ)」  開戦の銃声。  だが帯重は完全に弾道を見切っていた。  先ほどと同じように、弾丸の軌道上に上手くチェーンソーを配置して跳弾させる。額に向かってくる弾には今持っているものを、足に向かってくる弾にはを出現させて対応すればいい──そう思っていた。 「──ッッ!?」  穿。 「な、何が起きましたの……!?」  驚愕と痛みに、思わず手に持っていたチェーンソーを消してしまう帯重。そして、弾が命中した部位を庇うようにして抑える。 「右耳と左太腿、か。狙いと違うんだけど?」  二丁拳銃の女子高生は、傍らでしゃがみ込んでいる栗色髪の吸血鬼に不満の声を漏らす。 「も〜無茶言わないでくださいヨ。利き手じゃない方で“(まじな)い”を使え(書け)ばそりゃ不具合も出ますってば。ややこしい注文(オーダー)だし!」 「はあ……ま、弾は当たったし及第点かな」  そう言った未散の右脹脛には、血で書かれた文字らしきものが記されていた。そしてミサキの左人差し指は、彼女自身の血で濡れていた。  そう、ミサキは未散に対して直接“(まじな)い”を行使したのだ。“撃った弾は障害物を避けて目標に当たる”という内容の“(まじな)い”を。 「なるほど、そういう事ですの……」  言葉も交わさずいつの間に、と帯重はここで初めて二人の吸血鬼(未散とミサキ)に対して戦慄する。  帯重は認識を改める。正反対に見える二人だが、カチリと噛み合った時の化学反応は恐ろしいものがある、と。 「貴女達、仲が良いんですのね」  着物女は称賛の言葉を贈る。 「オヤ、嬉しいコト言ってくれますネ」 「……気持ち悪いコト言わないでくれる?」  二人の返答はほぼ同時であった。
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