第2章 鮮血のハイブリッド

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 “(まじな)い”──“純血種(シン・ブラッド)”にのみ許された力。  自らの血液を代償(種と仕掛け)として発動する手品のようなモノ。オーソドックスなモノとして挙げられるのは“人除け”や“視力強化”など。  基本的には紙に思念を込めて血文字を書き、お札のように貼り付ける事で発動するのだが、対象物に直接書き記して“強化(ブースト)”を施す方法も存在する。  切断された右腕の再生を待っていたミサキは、帯重の“弾道が曲がる撃ち方”というワードを聞いて咄嗟に床に広がっていた自身の血を左人差し指に塗り、そのまま未散の脹脛に血文字を書いて“(まじな)い”を行使した──というワケである。  いきなり足に何かを塗られた未散は思わず傍らにいたミサキ(バカ)を蹴りそうになったが、こんな局面で無意味な事をする奴じゃない──と思い至り、リアクションを限りなくゼロにした。  こうして完成したのが、“防御不可能な弾丸を撃つ二丁拳銃JK”。全身にバリアでも展開しない限り、未散(この怪物)に勝てる道理は無い。 「……さ、どうする? これ以上()っても意味ないと思うんだけど」 「あらあら、つれない事を仰るのね」 「本当の事ですヨ。帯重さん、アナタはもう未散の弾丸を防げない。さらにこっちは遠距離タイプ、そちらは近距離タイプ。戦況は火を見るよりも明らかです」  咄嗟の判断かつ精度が荒い“(まじな)い”とはいえ、確かに戦況は一変した。  両者共に防御不能の攻撃を繰り出せても、その有効範囲が違う。  誰がどう見ても、夜射刃帯重の詰みだ。 「さ、分かったらおとなしく拘束されてくださいな。夜翅のコト、洗いざらい吐いてもらいます。それに、夜翅に吸血されたならアナタは被害者だ。場合によっては穏やかな待遇になるかもしれませんヨ?」  何を勝手な事を、と未散はミサキを睨みつけるが、 「あらあら──ウフフ」  この状況で、帯重は笑う。 「フフフっ、あーっはっはっは! 被害者! (わたくし)がぁ? あーっはっはっはっはっは!!」  形勢逆転されて更に頭がおかしくなったのだろうか? と女子高生は訝しげな視線を着物女に向ける。 「貴女達は二つ勘違いをしていますわ」 「……勘違い?」  そう未散が聞き返した瞬間。  が彼女の顔のすぐ横を猛スピードで通過した。そしてすぐに、二人の吸血鬼(未散とミサキ)の後方でガラスが割れる音が響いた。 「「…………ッ!」」 「一つは」  電車の連結部分の扉の窓を突き破ったのが、だという事はすぐに理解できた。 「チェーンソーは決して近距離の武器ではないというコトですわ」  裂けるような笑みと共に、夜射刃帯重は次なる得物を出現させる。最初に投げた方はまだ消えていないにも関わらず、すかさず第二の刃。やっぱり私の予想は当たってた、と未散は銃口を帯重に向ける。  いくらチェーンソーをぶん投げるほどの馬鹿力であろうと、不可避の弾丸より速いハズがない。 「……くたばれイカレ女」  未散が罵倒と共に引き鉄を引く直前。  電ノコ着物女は静かに口を開く。 「そして、もう一つ」  二発の弾丸は既に放たれた。  帯重はまだ“投げ”のモーションに入っていない。後出しで銃弾の速度には勝てない。  だから、。 「ぅぐ……ッ!」 「いっっっだ……ッ!?」  跳ね返った弾丸は二人の吸血鬼(未散とミサキ)に命中した。未散は横っ腹辺りに、ミサキは右肩辺りに、それぞれ風穴が開いた。 「……な、んで弾き返されてるワケ?」  痛みに負けて思わず能力を解除してしまい、膝をついた未散はミサキに問う。 「そ、そんなのこっちが訊きたいですよぅ! 雑な“(まじな)い”とはいえさっきはちゃんと機能してたのにぃ……!」  不可解な現象を前にミサキは頭を抱える。 「ええ、ええ。確かに貴女の“(まじな)い”はちゃんと機能していましてよ」  静かなチェーンソーを手に、帯重は褒め称えるように言う。そして彼女はこう続けた。 「ですから、(わたくし)も“(まじな)い”を使って対抗してみましたの。“(わたくし)に当たる弾丸は無い”──ってね」  帯重の手の甲には、彼女自身の指先で書かれたであろう血文字が記されていた。 「…………は?」  ミサキは頭が真っ白になった。  どうして“準血種(セミ・ブラッド)”が“(まじな)い”を使えるのか? これも夜翅の仕業か? いや──夜翅の力は確かに出鱈目ではあるが、種の境界を破壊する芸当まではできないハズだ。だとしたら何故──?  ぐるぐると思考回路がショートしそうになったが、ここで急に彼女の脳内が凪いだ。 「あ、そっか。前提から間違ってた、ワタシ」 「あらあら、お気付きになられたようですわね」  帯重は嬉しそうな声色で言う。 「これこそが勘違いその二。(わたくし)は夜翅に吸血なんてされていませんし、被害者でもありませんわ。そもそも(わたくし)は“純血種(シン・ブラッド)”。自然覚醒したのち、榊葉夜翅の理想に賛同する吸血鬼ですわ」  夜翅の協力者が全て、彼の手によって吸血鬼に変えられた“準血種(セミ・ブラッド)”とは限らない。 (そんな簡単なコトに、どうして気付けなかったんだワタシ……! でもこれで全部説明がつく。電車から人がいなくなったのも、“人除け”の“(まじな)い”を既に使っていたから……!)  それだけではない。 (それに、今のは“(まじな)(ほど)き”! 既に発動している“(まじな)い”に逆位相の“(まじな)い”をぶつけて相殺する高等技術。こんなの、桐村さんレヴェルじゃないとできないハズなんですけどォ!?)  嫌な汗が滲み出す。  ついさっきまで有利だったハズなのに、いつの間にか形勢逆転されている。  新たに“(まじな)い”を行使しても、恐らく即座に打ち消されるに違いない。小細工はもう通用しないという事だ。 「さて、それでは──解体の時間ですわ」  その上、帯重は。両手に電ノコ。ただただ相手をズタズタにする為だけの存在がそこにあった。  二人の吸血鬼(未散とミサキ)は実感した。  もはや、生き物としての出力(ポテンシャル)が違いすぎる。 「……なんかこれ、ヤバいんじゃないの」 「ええ、比喩抜きで大ピンチですヨ……」
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