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“呪い”──“純血種”にのみ許された力。
自らの血液を代償として発動する手品のようなモノ。オーソドックスなモノとして挙げられるのは“人除け”や“視力強化”など。
基本的には紙に思念を込めて血文字を書き、お札のように貼り付ける事で発動するのだが、対象物に直接書き記して“強化”を施す方法も存在する。
切断された右腕の再生を待っていたミサキは、帯重の“弾道が曲がる撃ち方”というワードを聞いて咄嗟に床に広がっていた自身の血を左人差し指に塗り、そのまま未散の脹脛に血文字を書いて“呪い”を行使した──というワケである。
いきなり足に何かを塗られた未散は思わず傍らにいたミサキを蹴りそうになったが、こんな局面で無意味な事をする奴じゃない──と思い至り、リアクションを限りなくゼロにした。
こうして完成したのが、“防御不可能な弾丸を撃つ二丁拳銃JK”。全身にバリアでも展開しない限り、未散に勝てる道理は無い。
「……さ、どうする? これ以上戦っても意味ないと思うんだけど」
「あらあら、つれない事を仰るのね」
「本当の事ですヨ。帯重さん、アナタはもう未散の弾丸を防げない。さらにこっちは遠距離タイプ、そちらは近距離タイプ。戦況は火を見るよりも明らかです」
咄嗟の判断かつ精度が荒い“呪い”とはいえ、確かに戦況は一変した。
両者共に防御不能の攻撃を繰り出せても、その有効範囲が違う。
誰がどう見ても、夜射刃帯重の詰みだ。
「さ、分かったらおとなしく拘束されてくださいな。夜翅のコト、洗いざらい吐いてもらいます。それに、夜翅に吸血されたならアナタは被害者だ。場合によっては穏やかな待遇になるかもしれませんヨ?」
何を勝手な事を、と未散はミサキを睨みつけるが、
「あらあら──ウフフ」
この状況で、帯重は笑う。
「フフフっ、あーっはっはっは! 被害者! 私がぁ? あーっはっはっはっはっは!!」
形勢逆転されて更に頭がおかしくなったのだろうか? と女子高生は訝しげな視線を着物女に向ける。
「貴女達は二つ勘違いをしていますわ」
「……勘違い?」
そう未散が聞き返した瞬間。
何かが彼女の顔のすぐ横を猛スピードで通過した。そしてすぐに、二人の吸血鬼の後方でガラスが割れる音が響いた。
「「…………ッ!」」
「一つは」
電車の連結部分の扉の窓を突き破ったのが、帯重が投げたチェーンソーだという事はすぐに理解できた。
「チェーンソーは決して近距離の武器ではないというコトですわ」
裂けるような笑みと共に、夜射刃帯重は次なる得物を出現させる。最初に投げた方はまだ消えていないにも関わらず、すかさず第二の刃。やっぱり私の予想は当たってた、と未散は銃口を帯重に向ける。
いくらチェーンソーをぶん投げるほどの馬鹿力であろうと、不可避の弾丸より速いハズがない。
「……くたばれイカレ女」
未散が罵倒と共に引き鉄を引く直前。
電ノコ着物女は静かに口を開く。
「そして、もう一つ」
二発の弾丸は既に放たれた。
帯重はまだ“投げ”のモーションに入っていない。後出しで銃弾の速度には勝てない。
だから、帯重は最初と同じようにチェーンソーで弾丸を跳ね返した。
「ぅぐ……ッ!」
「いっっっだ……ッ!?」
跳ね返った弾丸は二人の吸血鬼に命中した。未散は横っ腹辺りに、ミサキは右肩辺りに、それぞれ風穴が開いた。
「……な、んで弾き返されてるワケ?」
痛みに負けて思わず能力を解除してしまい、膝をついた未散はミサキに問う。
「そ、そんなのこっちが訊きたいですよぅ! 雑な“呪い”とはいえさっきはちゃんと機能してたのにぃ……!」
不可解な現象を前にミサキは頭を抱える。
「ええ、ええ。確かに貴女の“呪い”はちゃんと機能していましてよ」
静かなチェーンソーを手に、帯重は褒め称えるように言う。そして彼女はこう続けた。
「ですから、私も“呪い”を使って対抗してみましたの。“私に当たる弾丸は無い”──ってね」
帯重の手の甲には、彼女自身の指先で書かれたであろう血文字が記されていた。
「…………は?」
ミサキは頭が真っ白になった。
どうして“準血種”が“呪い”を使えるのか? これも夜翅の仕業か? いや──夜翅の力は確かに出鱈目ではあるが、種の境界を破壊する芸当まではできないハズだ。だとしたら何故──?
ぐるぐると思考回路がショートしそうになったが、ここで急に彼女の脳内が凪いだ。
「あ、そっか。前提から間違ってた、ワタシ」
「あらあら、お気付きになられたようですわね」
帯重は嬉しそうな声色で言う。
「これこそが勘違いその二。私は夜翅に吸血なんてされていませんし、被害者でもありませんわ。そもそも私は“純血種”。自然覚醒したのち、榊葉夜翅の理想に賛同する吸血鬼ですわ」
夜翅の協力者が全て、彼の手によって吸血鬼に変えられた“準血種”とは限らない。
(そんな簡単なコトに、どうして気付けなかったんだワタシ……! でもこれで全部説明がつく。電車から人がいなくなったのも、“人除け”の“呪い”を既に使っていたから……!)
それだけではない。
(それに、今のは“呪い解き”! 既に発動している“呪い”に逆位相の“呪い”をぶつけて相殺する高等技術。こんなの、桐村さんレヴェルじゃないとできないハズなんですけどォ!?)
嫌な汗が滲み出す。
ついさっきまで有利だったハズなのに、いつの間にか形勢逆転されている。
新たに“呪い”を行使しても、恐らく即座に打ち消されるに違いない。小細工はもう通用しないという事だ。
「さて、それでは──解体の時間ですわ」
その上、帯重は三つ目のチェーンソーを出現させた。両手に電ノコ。ただただ相手をズタズタにする為だけの存在がそこにあった。
二人の吸血鬼は実感した。
もはや、生き物としての出力が違いすぎる。
「……なんかこれ、ヤバいんじゃないの」
「ええ、比喩抜きで大ピンチですヨ……」
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