第2章 鮮血のハイブリッド

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 †††  “純血種(シン・ブラッド)”の吸血鬼は誰しも魂の奥底で“自分が吸血鬼という神秘存在である事の自覚”がある。  ゆえに自然覚醒した者は無闇矢鱈にその力を使わずに静かに暮らす。“Vamps”からの迎えがあれば、おとなしく指示に従い、組織の傘下に入る。  だが稀に──ごく稀にだが、吸血鬼として覚醒する前の性格・自我が恐ろしく強い者もいる。  それこそが電ノコ着物女──夜射刃帯重。 「──(わたくし)は、あまり外の世界を知らなかった」  帯重は語る。 「だから、夜翅の理想がとても魅力的だった。“Vamps”……でしたか? せっかく自由になれるかもしれないのに、また昏い所でこそこそ隠れるように暮らすなんて──耐えられ(ありえ)ませんわ」  その柔和な笑みに入り混じる、狂気と怒りにも似た感情。  その言葉と表情を見て、“まあまあな観察眼”を持つミサキは察する。夜射刃帯重──その言葉遣い、“外の世界を知らない”というワードから深窓の令嬢を連想させる。そして、そういうお嬢様は高い確率で外の世界に憧れるものだ。 (なーんて、漫画やアニメの知識ですけどネ。アナタは被害者じゃないと言いましたが、ワタシから見ればやっぱり被害者ですヨ。夜翅のヤツ、何を吹き込んだのか知りませんが、無垢な憧れを利用するなんて、マジで外道未満──!)  ギリ、とミサキは奥歯を食いしばる。  そんな彼女の隣で、未散は常に帯重の隙を伺っていた。女子高生の頭にあるのは、いつだって自分が人間に戻れるかもしれない方法──“同類殺し”のみ。  拘束は難しいから、この場で始末する。帯重の力量を前に未散はそう決断した。  電ノコ着物女の隙を突いて、再びこの手に銃を出現させて発砲。簡単に思えるが、思いの外難しい。何せまず隙が生まれないのだから。 「貴女」  スッと帯重は刃が動いていないチェーンソーを未散に向ける。 「……何?」 「貴女の目、とても可憐で──苛烈ですわね。諦めの色が微塵も滲んでこない。まだ(わたくし)をなんとかできると思っている、そんな目ですわ」  朱咲未散という少女は1%でも可能性がある限り決して諦めない。だから、彼女の瞳からは生気や殺気が失せることはない。  そんな女子高生の目を見て、帯重は美しくて綺麗だなと思うと同時に──ほんの少し、本当にほんの少しだけ、イラッとした(ブチ殺してやろうかと思った)。 「──もしかして貴女、まだ自分が勝てる(死なない)とでも思っていますの?」  チェーンソーが勢いよく起動する。  その音を耳にした瞬間、未散は能力を発動した。隙を見つけて、なんて言っていられない。ごちゃごちゃ考えてたら、次の瞬間には殺されるかもしれないのだから。  女子高生は銃を構える。だがその時には既に二つのチェーンソーは帯重の手から解き放たれ、二人の吸血鬼(未散とミサキ)めがけて一直線に投擲されていた。  着物女を狙っている場合じゃない、チェーンソーに弾を当てて軌道をズラさないと直撃する。反射的にそう理解した未散はトリガーを引く。  極限の命のやり取り。そんな状況下でも、未散の狙いは正確そのもの。弾丸は飛んでくる両方のチェーンソーに当たり、その軌道をズラす事に成功した。  地獄の刃は二人を傷付けることなく、そのまま座席に勢いよく突き刺さる。その事実を確認した二人は視線を帯重の方へ戻すと──、  。 「……は?」 「ちょ……ッ!」  ダメだ、当たる。完全に虚を突かれた。  チェーンソーは三つが限界だろうという思い込みと、攻撃を交わした安堵感、そして先に投げた方の駆動音に紛れて放たれた第二波。それら全てが重なり、二人の吸血鬼(未散とミサキ)敗北()という結末をもたらす────ハズだった。 「「……??」」  二人の吸血鬼(未散とミサキ)は恐る恐る目を開ける。  生きている。体には何も刺さっていない。  ならば、チェーンソーは何処に? そう思って視線を前方にやると、 「なんですの、これ……?」  帯重は目を疑った。  チェーンソーが空中で動きを止めているのだ。。  天井に目をやると、いくつかの穴が空いていた。その数はチェーンソーを止めた刀の数と一致する。であれば、これらの刀は電車の外──上空から凄まじい勢いで飛んできたものだと理解できる。  真相を確かめるべく、帯重は思わず電車から降りる。未散とミサキを放置して。  そして晴れた空に向けて顔を上げる。  。  鳥でもない、ドローンでもないモノ。  虚空に浮かぶ日本刀を足場にして、ソレは蒼穹に君臨していた。 「……誰ですの、貴女」 「──そこの阿保二人の上司や」  煙草の煙を吐きながら、桐村咎愛は心の底から忌々しげにそう言った。
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