第2章 鮮血のハイブリッド

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 ††† 「はぁッ、はぁッ、はぁッ……はぁーあ! ここまで離れれば、大丈夫でしょう!」  とりあえず咎愛と帯重がいる駅をギリギリ視認できる距離まで来た二人の吸血鬼(未散とミサキ)。 「……追ってくる感じもなかったし、走る必要なかったんじゃない?」  運動神経抜群な未散はミサキと違ってあまり息が上がっていなかった。 「巻き添えを喰らうのは避けたいですからネ。さっさと距離を取るのが吉ってモンです」 「……そんな派手に暴れるなら、後片付け(隠滅課)は大変そうだね」 「ま、でしょうネ。けど桐村さんのコトです、恐らく広範囲に渡って既に“(まじな)い”を行使しているハズ……人の流れに変化が無いから、“人除け”じゃなくて“特定の事象を意識から外す”系の──」  †††  ミサキの読み通り、咎愛は“(まじな)い”を発動していた。吸血鬼はその存在を公にしてはいけない。ゆえに隠蔽工作を行うのは当然の行為。  咎愛は戦闘が激化した場合も見据えて、“自身を中心とした半径1.5km以内に発生する吸血鬼によるあらゆる戦闘行為およびそれによって発生する影響を全ての人間の意識から外す”という内容の“(まじな)い”を行使している。  つまり彼女もしくは帯重がどれだけ目立つ戦い方をしようとも一般人──人間はそれに気付かない。本来ならば隠滅課の吸血鬼が数人がかりでやるような規模の“(まじな)い”だが、咎愛はそれを単独でやってのける。  相手は榊葉夜翅の協力者。念には念を入れてと思って用意してきたのだが、 「──ハァ。弱すぎるやろ、あんた」  桐村咎愛は傷一つ負わずに君臨していた。 「ウチ、まだ一歩も動いてへんよ?」  咎愛の言う通り、彼女は駅に降り立ってから一度たりとも動いていない。この場で体力を消耗しているのは電ノコ着物女──夜射刃帯重のみ。 「ぜぇーっ、はぁーっ……!」  傷は即座に再生すれど、斬られた着物はそのまま。帯重はまるでシュレッダーにかけられたかのような姿となっていた。 ((わたくし)が弱い? ……! 刀による自動防御と自動迎撃。攻撃すればするほどこちらだけが傷付くなんて、冗談にもほどがありますわ!)  帯重の手にチェーンソーは無い。  彼女が出す事ができる限界である六つの凶刃は、既に無数の日本刀によって地面に縫い付けられていた。  つまり今の帯重は丸腰同然。一度能力を解除しなければチェーンソーを再びその手に握ることはできない。 「あんたの能力、確かに“出現上限”は並外れてはるけど、それ以外はあかんなァ。ただ単に強い武器出してハイお終い。自分の運動性能で誤魔化してるつもりなんやろうけど、ウチから見たら燃費悪すぎるし非効率的や」  狐面の銀髪女は遠慮なしにダメ出しをする。 「自分の手元にしか出されへんのもマイナスやねェ。コツを掴んだらちょっと離れたトコにも出せるようになるモンやけど……そこまで考えが行けへんかったんやろねェ」  クスクス、と仮面越しでも小馬鹿にしたような笑いを零したのが分かった。  何故だろう、と帯重は疑問を抱く。強い相手と戦うと愉しいハズなのに、目の前にいる狐面女とはそんな感情は一切湧いてこない。面と向かって話すだけで苛立ちを抑え切れなくなる。 (ああ──そうか)  黒髪おかっぱ着物女の瞳が、赤から黒へと切り替わる。同時に、辺りのチェーンソーが消える。  そして次の瞬間には、咎愛に向かって疾走する電ノコ着物女が再誕していた。この間──わずか0.2秒。 ((わたくし)はこの方が嫌いなんですわ──本能的に、生理的に、遺伝子レヴェルで!)  他人と触れ合う機会が少なかった帯重は、咎愛のような性格の悪い人物と出会った事がない。なのでこうしてネチネチと嫌味を言われる経験も無かった。  (わたくし)の気分を害するモノは排除する。桐村咎愛、貴女はオムライスに入っているグリーンピースと同じ──だから排除する! と、彼女はそんな結論を算出した。 「──こういう感じかしら?」  走りながら帯重は言う。  電ノコ着物女が出せるチェーンソーは六つが限度。そのうち一つは、いま彼女が両手で握っている。 「ッ!!」  言われて、咎愛は気付く。  。  夜射刃帯重は言うなれば“原石”。磨けば輝くし、色んな形に加工することもできる。そして、彼女はそれを自分でできる才能(センス)も持ち合わせていた。  この短時間で、帯重は“離れた場所に武器を出現させる”コツを掴んだのである。腹立たしいことに、咎愛の嫌味がきっかけとなって。
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