第2章 鮮血のハイブリッド

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 しかし、やはり夜射刃帯重もまた怪物。野良吸血鬼とはいえ“純血種(シン・ブラッド)”である事に変わりはない。  短期間での成長性という部分においては、桐村咎愛を上回っていることは間違いないだろう。 「こん、っの女狐ぇッ! ズタズタに引き裂いてさしあげますわッッッッ!!」  無数の刀によって電車の床に縫い付けられた6つのチェーンソーは、帯重が能力を解除した事によって消え失せる。  そして瞬く間におかっぱ着物女は能力を再発動。先ほどのチェーンソー6つによる全方位攻撃を上回る速度での必殺。未散やミサキならまず間違いなく反応が遅れて身体の一部が切断されるレヴェルの速攻。  だが咎愛はこれに当たり前のように反応する。まるで機械のように。圧倒的な数の日本刀による封殺という名の絶対防御。これによってやはり全てのチェーンソーは狐面の吸血鬼には届かなかった。  と、ここまでは咎愛の予想の範囲内。 「──ッ!?」  持ち前の瞬発力と敏捷性で、床に縫い付けられた自身の得物を避けながら咎愛に突撃する帯重の手には、7。 「(わたくし)は強い! (わたくし)は弱くない! いけ好かない貴女を斬って捨てる事でその証明といたしますのよぉぉッ!!」  夜射刃帯重は限界を超越した。  固有能力の“出現上限”はそう易々と更新できるモノではない。普通は何年もかけてようやく一つ上乗せされるかされないか、というモノだ。  “Vamps”に属さない究極の原石。その完成が目前に迫っている時、 「なんや急にえらい暑苦しいなァ。風流で優雅なんは見た目だけみたいやねェ」  桐村咎愛という極限の刃は、問答無用でそれを阻止した(断ち斬った)。 「な……!? か、体が、動かない……!?」  帯重は第七のチェーンソーで咎愛の首を両断するべく横向きに振りかぶったのだが、直前でその動きがピタリと静止した。小刻みに震え、まるで金縛りに遭ったかのよう。 「あんたの敗因は……まァようさんあるけど大雑把に挙げるんやったら二つ」  急に動けなくなった帯重を尻目に、咎愛は狐面を外しながら座席にどかっと座り、煙草に火を点ける。そして灰色の煙を吐いてから続ける。 「まァ正直なところ“7つ目”まで出してくるとは思わんかったわ。うんうん、予想外。けど、それを持って真正面から突っ込んでくるのはナンセンスやったねェ。ウチの狭い視界に入ったまま攻撃してくるとか、もう“見切ってください”言うてるのとおんなじや。これが一つ目」  脅威的な動体視力を捨てて直感を研ぎ澄ませる事で死角をゼロにする咎愛の狐面。限りなく狭くなった視界にわざわざ飛び込んでいくのは、確かに自殺行為である。 「ほんで二つ目は──ウチが相手やったコトや」  ふう、と煙を吐いてちょっとドヤ顔で言う咎愛。その言動と表情に、帯重はビキリと額に青筋を浮かべる。 「はっ、はぁあ〜ッ!? なんですのソレ!? 敗因を聞いても(わたくし)が指一本動かす事ができない理屈が微塵も理解できないんですけど!? これは一体なんなんですの? “(まじな)い”の一種ですの!?」  プルプルと震えながら、電ノコ着物女はまくし立てる。  その様子を見て咎愛はなんだか面白おかしくなって、つい吹き出してしまう。 「ふはっ、矢継ぎ早やねェ。でもまァ正解やから冥土の土産に教えたる」  そう言いながら銀髪の吸血鬼はおかっぱ着物女の後方を指差した。 「“(まじな)い”──“絶技(ぜつぎ)影縫(かげぬ)い”。。ただそれだけの仕掛けや」 「…………反則ではなくて? それ」 「ふはっ、よう言われるわァ」  くすくす、と咎愛は意地の悪い微笑を零す。  この時点で帯重は完全に敗北を自覚した。  こちらがどれだけ強くなっても、向こうはそれを圧倒的な力量差で抑え込んでくる。そこから生まれる無力感が、帯重の戦意を喪失させた。 「さァて。ウチでも驚く出力の野良吸血鬼。組織に持ち帰ったらまず真っ先に研究対象やろなァ。尋問に応答できるくらいの機能は残しといてもらうよう掛け合ってみるケド……うん、まァ期待せんほうがええよ?」  そう言いながら咎愛は今日一番の愉しそうな笑みを浮かべ、短くなった煙草を携帯灰皿に突っ込み、火を消した。
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