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†††
二人の吸血鬼は依頼完遂の旨を伝える書類を渡すべく、上司がいるであろうデスクに赴いた。
しかし、
「あれ? いませんネ……」
「……もう帰ったとか?」
できればそうであってほしいと思う未散であったが、ミサキは手と首をぶんぶんと振って否定の色を示す。
「いやいやいや、仕事人間──もとい仕事吸血鬼の桐村さんが午後5時頃に帰るなんてアリエナイですって。いっつも書類かタブレットと睨めっこしてるし、誰もあの人が帰る姿を見た事がないし。ま、そんな仕事中毒だからいつまで経っても彼氏ができないんだろうなって密かに言われてたりするんですけどねーアッハハ!」
「……」
けらけらと笑うミサキを、未散は可哀想なモノを見るような瞳で見つめていた。同時に、ちょっぴり栗色髪の吸血鬼から距離を置いた。
「どうしたんです未散? あ、もしやそこがアナタの間合いですか? なんつって♪ 銃使いならもっと広いハズですよネ〜」
ミサキはいつもの軽い調子で楽しげに喋る。しかし彼女は気付かなかった──自分のすぐ後ろに桐村咎愛が立っている事に。
「──なんやえらい楽しそうやねぇ、うちも混ぜとくれやす」
「ぎゃああああああ桐村さんッ!? い、いい一体いつからワタシの背後にいたんですかあ!」
わりとガチめな悲鳴と同時に、物凄いスピードで未散の背後に隠れるミサキ。
後輩を盾にするなんて、頼りない先輩だ。女子高生はそう思いながらも、振り払ったりはしなかった。目の前にいる化け狐じみた上司を、ただ静かにジトリと睨んでいた。
「いつからって、仕事中毒やからいつまで経ってもなんたらができひんって辺りからやねぇ」
「ぎええええ一番聞かれたくないトコ!!」
頭を抱え、限界まで体を仰け反らせてオーバーなリアクションをするミサキ。
「……うるさい」
「やかましいでそこ」
と、未散と咎愛は方言は違えどほぼ同時にそう言った。するとミサキは、はしゃいでいたら怒られた犬のように小さくなる。
「アッハイ、サセンシタ」
やれやれと咎愛は呆れ気味に言い、デスクへ戻る。どかっとオフィスチェアに座り込んで足を組むその姿はまさに女ボス。臨戦態勢でないにも関わらず威圧感バリバリである。
「喫煙所、もうちょい近くに設置してくれへんかなぁ。いちいち遠おして邪魔くさいわ」
「あ、煙草休憩で席を外してたんですネ……」
桐村咎愛はヘビースモーカーである。そんな彼女が職場に対して不満があるとすれば、基本的に全館終日禁煙であるという点のみ。煙草を吸いたければ指定の喫煙所(第二支部は計二箇所)まで足を運ばなければならないのだ。
「そらいくら仕事中毒ゆうても休憩は必要やろ。適切な休憩を取る事で次の仕事が捗る。吸血鬼も人間も、そこはおんなじや」
そう言いながら咎愛は机の上に置かれていたタブレットをすいすいと操作し始めた。恐らく仕事の続きだろう。
「うわっ……ワタシの上司、意識高すぎ……?」
「……私はできればずっと休憩していたいかな」
「ですよネ〜。わかりみが深い」
小声で好き放題言う部下二人。
しかし本気の小声ではなく、普段の喋り声をほんのちょっぴり抑えた程度のもの。これぐらいなら日本刀が飛んでくる事はないだろうと踏んでのこそこそ話である。
「聞こえてるで。用があらへんなら早う帰れ」
タブレットから目を離さずに発せられた鋒の如き冷たい声色に圧され、ミサキは慌てて懐から提出書類を取り出すのだった。
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