序章 舞い込んだタスク

9/11

35人が本棚に入れています
本棚に追加
/47ページ
 †††  長い銀髪を後ろで一本に纏めた吸血鬼──桐村咎愛(きりむらとがめ)は、部下のミサキから手渡された書類にサッと10秒ほど目を通したかと思うと、流れるような動作でその紙に判子を押してこう言った。 「──はい、ご苦労さん。ほな帰ってええよ」 「……」  このやりとり何度目だろう、と未散は辟易(ウンザリ)する。任務(雑用)を完遂しては今のように流し読みの如くチェックを済まされ、特に言う事もなく帰ってヨシ。これでは普段ジト目がちな女子高生の目も更にジト目深度が増すというもの。  いい加減、“同類殺し”案件の任務を回してほしい──というのが正直なところ。そも、その為に執行課に所属したのに、蓋を開けてみれば単なる雑用係。報酬はそれなりに支払われるが、未散は母親からの定期的な仕送りのおかげで金銭面では特に困ってはいない。  むしろ困っているのは雑用しか回ってこないこの“現状”。なんとかこの停滞から抜け出したいと思う未散であったが──。 (……てか、ミサキ(こいつ)は何も思わないのかな。今回の猫探し(雑用)も、前の浮気調査(雑用)も、前の前の子守り(雑用)も、文句も言わずにやってきたけど)  咎愛からは基本的に二人一組で任務に臨むようにと命じられている未散とミサキ。どう考えてもミサキは未散(新人)の世話役という面倒事を押し付けられているだけである。  しかしミサキは嫌な顔せず(嬉しそうに)それを受け入れている。むしろ露骨に嫌そうな顔をしたのは未散の方だった。 (……このバカ、私がさっさと人間に戻りたいってコト、まさか忘れてないよね)  未散が吸血鬼になってしまったのはミサキが主な原因だ。そしてその責任を取る為、“同類殺し”案件を可能な限り未散に回すべくミサキは尽力している──のだが、世の中そう簡単に上手くいかないものだ。  同級生を始末し、最短で執行課に所属したとはいえ新人(ルーキー)である事に変わりはない。そんな新入りに“同類殺し”に繋がる重要な任務など回ってくるはずもなく。下積みになっているのかどうかよく分からない簡単な任務をこなす日々がただただ淡々と続いていた。  最初の内はそうでもなかったが、ここ最近は流石にクールかつドライな未散でも確実に苛立ちが蓄積されていた。  しかし、そんな事は──この数ヶ月、女子高生と行動を共にし、隣にいた栗色髪の吸血鬼が一番よく理解している。 「あのぉ桐村さん、少しよろしいですか?」  ミサキは片手を少し上げながら言う。 「んー? なんや、まだ帰ってへんかったんか」  タブレットを操作しながら書類を整理している咎愛は、耳は傾けても視線はミサキの方に一切向けなかった。その態度に物怖じせず(内心少しビビっている)ミサキは続ける。 「この子が──未散が執行課に所属してそろそろ四ヶ月になります」 「ほォ、それだけしか経ってへんのか」 「いえ、そんなに経っているんですよ」 「──で? 何が言いたいんや?」  ここで初めて、咎愛は手を止めてその視線をミサキに向けた。白刃の如き鋭い眼光。栗色髪の吸血鬼は全身の急所に鋒を突き立てられているような感覚を覚えた。  二人の会話を静かに聞いていた未散も、この場の空気がピアノ線のように張り詰めたのを感じて思わず寒気に苛まれる。  下手な言葉を返せば、体のどこかに刀が刺さる。そんな嫌な予感を振り払うかのように、ミサキは強い声色で切り出す。 「み、未散はもう右も左も分からないような新人なんかじゃないです、恐らく! ワタシが保証します、多分! なのでこう……もうちっと難易度の高い──野良吸血鬼絡みの任務とか与えてやってくれませんか!」  所々に逃げの姿勢が見えるものの、これがミサキなりの精一杯の進言だった。
/47ページ

最初のコメントを投稿しよう!

35人が本棚に入れています
本棚に追加