愛しのアレン(ShortVersion)

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*  そんな日々が10日ほど続いたある日、事件は起きた。二人で丘の上のベンチに座り、雪景色を眺めていたときだった。 「君はここにいて!」  とアレンが急に叫んだかと思うと、雪の降り積もった丘を滑り降りて行ってしまったのだ。その背中はあっという間に見えなくなる。 「……アレン?」  ここにいろ、ですって?あんな、普通じゃない顔をしたあなたを放って? 「そんなこと、出来るわけないじゃない」  堪らず私も駆け出した。何度も足を滑らせながら、必死に彼を追いかけて。  ようやく丘を下りきると、小屋の向こうで罵声が上がった。 「いい加減にしろサーシス! どうしてこんな酷いことをする! 子供をいじめて楽しいか!?」 「は? いじめ? ただの躾だろ。こいつが俺の靴を汚したんだ。お前も見てたよな、キース」 「……あ……あぁ」  その声に私は足を止めた。  声の主はアレンと、舞の席のとき上座に座っていた領主の息子だ。残りの一人は、その取り巻きだろうか。とても嫌な感じがする。 「それに俺はただ、そのぼろ切れでちょっと靴を磨いてくれって言っただけだぜ? それをこいつは断りやがったんだ。なぁ――ユアン?」 「……っ」  その言葉に小屋の陰から様子を伺うと、5、6歳の男の子が地面に突っ伏して泣いていた。ぐちゃぐちゃに糸のほつれたマフラーを、胸に抱えながら。  アレンはその子を庇うように領主の息子に詰め寄っている。 「ユアンに謝れ、今すぐに!」 「はあ? お前、誰に向かって口聞いてる。俺に命令する気か? 妾の子供のお前ごときが? 笑わせる」 「サーシス!」 「はっ、必死な顔しちゃって。こいつに同情でもしたか?  ま、でも俺は優しいから謝ってやらなくもない。お前が土下座して頼むならな。  さぁ、どうする? 親愛なる我が兄上様」 「――!」  酷い。  そのあまりの言葉に、頭が一瞬で真っ白になる。怒りが込み上げた。  けれど、私の足は動かない。だって今ここで出て行っても、何も出来ないことがわかっているから……。 「は、何だよその目。せっかく敬意を込めて呼んでやったのに、兄上様じゃ物足りないってか?」 「……なぁ、それくらいにしとけよ。もう時間だぞ。遅れると面倒だ」 「――チッ。……アレン、覚えてろよ」  そう言い残し、二つの足音が遠ざかっていく。けれど男の子の嗚咽は止まらない。 「かあさん……、かあさん……っ」  マフラーを腕に抱きしめながら、止めどなく涙を溢れさせる。
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