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そんな日々が10日ほど続いたある日、事件は起きた。二人で丘の上のベンチに座り、雪景色を眺めていたときだった。
「君はここにいて!」
とアレンが急に叫んだかと思うと、雪の降り積もった丘を滑り降りて行ってしまったのだ。その背中はあっという間に見えなくなる。
「……アレン?」
ここにいろ、ですって?あんな、普通じゃない顔をしたあなたを放って?
「そんなこと、出来るわけないじゃない」
堪らず私も駆け出した。何度も足を滑らせながら、必死に彼を追いかけて。
ようやく丘を下りきると、小屋の向こうで罵声が上がった。
「いい加減にしろサーシス! どうしてこんな酷いことをする! 子供をいじめて楽しいか!?」
「は? いじめ? ただの躾だろ。こいつが俺の靴を汚したんだ。お前も見てたよな、キース」
「……あ……あぁ」
その声に私は足を止めた。
声の主はアレンと、舞の席のとき上座に座っていた領主の息子だ。残りの一人は、その取り巻きだろうか。とても嫌な感じがする。
「それに俺はただ、そのぼろ切れでちょっと靴を磨いてくれって言っただけだぜ? それをこいつは断りやがったんだ。なぁ――ユアン?」
「……っ」
その言葉に小屋の陰から様子を伺うと、5、6歳の男の子が地面に突っ伏して泣いていた。ぐちゃぐちゃに糸のほつれたマフラーを、胸に抱えながら。
アレンはその子を庇うように領主の息子に詰め寄っている。
「ユアンに謝れ、今すぐに!」
「はあ? お前、誰に向かって口聞いてる。俺に命令する気か? 妾の子供のお前ごときが? 笑わせる」
「サーシス!」
「はっ、必死な顔しちゃって。こいつに同情でもしたか?
ま、でも俺は優しいから謝ってやらなくもない。お前が土下座して頼むならな。
さぁ、どうする? 親愛なる我が兄上様」
「――!」
酷い。
そのあまりの言葉に、頭が一瞬で真っ白になる。怒りが込み上げた。
けれど、私の足は動かない。だって今ここで出て行っても、何も出来ないことがわかっているから……。
「は、何だよその目。せっかく敬意を込めて呼んでやったのに、兄上様じゃ物足りないってか?」
「……なぁ、それくらいにしとけよ。もう時間だぞ。遅れると面倒だ」
「――チッ。……アレン、覚えてろよ」
そう言い残し、二つの足音が遠ざかっていく。けれど男の子の嗚咽は止まらない。
「かあさん……、かあさん……っ」
マフラーを腕に抱きしめながら、止めどなく涙を溢れさせる。
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