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「ユアンはさ、去年母親を亡くして、今一人きりなんだ」
「え?」
歩き初めて少ししたころ、アレンが呟いた。
私は驚いた。だって男の子の話ではなく、アレン自身の話を聞かされるのだと思っていたから。
「ユアンは赤ん坊の頃に父親を病気で亡くして、母親と二人で頑張ってたんだ。けど今度はその母親が病気になっちゃって。ユアンはまだ5歳なのに必死に働いてた。でも、結局……」
アレンの拳が、強く握りしめられる。
「僕は何もできなかった。ただ見ていることしか出来なかった。僕は領主の息子なのに、何不自由なく暮らしているのに……」
私の前を歩く彼の肩が小刻みに震えていた。背中がいつもより、小さく見える。
「今だってそうだ。僕はどうしたってサーシスを止められない。僕はあいつの兄なのに、どうしても強く出られない」
――僕が、妾の子供だから。
そんな言葉にならない心の悲鳴が、聞こえた様な気がした。
あぁ、彼は今、一体どんな顔をしているのだろう。悲しい顔?悔しい顔?あるいは、その両方だろうか。
アレンの足が止まる。ゆっくりとこちらを振り向いた。
「……アレン?」
彼のまぶたが、鼻が、頬が赤い。笑顔はいつものように柔らかなのに、それなのにどうして私はこんなにも、泣きたい気持ちになるのだろう。
「……はは、やっぱり寒いや。今日はもう帰ろうか」
冷たい空気に晒される首を庇うようにコートの襟を立たせ、彼は再び背中を向ける。
「……また明日。エラ」
「……ええ。……また、明日」
結局、私はアレンに何の言葉もかけられないまま、家路に着いた。
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