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「あの子が好きなのね?」
「――っ」
突然背後から聞こえた声に、私は肩を震わせた。――振り向けなかった。だって母様にまで“アレンを忘れろ”なんて言われたら、本当にどうしたらいいかわからない。
だから私は嘘をついた。一体何のこと?と。
薄暗い部屋で、母様の視線が私の後頭部に突き刺さる。沈黙が続いた。何も言わない母様に恐怖すら感じた。全てを見透かされてるような、そんな気がして。
「エラは知ってるわね。私たち一族の女は、家族の衣装しか仕立てないの。愛した人と、その人との間に出来た子供だけにしか」
勿論知ってる。それは昔からのしきたり、一族の掟。
成人を迎え結婚したら、女は自らの手で仕立て、刺繍を施した衣装を相手に贈る。永遠の愛を誓い一針一針思いを込めたものを。
「……知ってる、わ」
でも、それが一体どうしたと言うのか。
「お母さんね、昔好きな人がいたの。お父さんと結婚する前にね。旅の途中に立ち寄った街の人で、とても素敵な人だった。
その人を想って帽子を編んで……でも結局渡せなかったの。掟があるからって。
今はエラもいるし、あの人と結婚したことに後悔はないのよ。でも時々思うの。せっかく編んだんだから渡しておけば良かった、って。
掟は結局、一族の中の掟なのよ。こんなこと言ったらいけないけど、外の人には言わなければわからないわ」
「……母様」
全然知らなかった。まさか母様にそんな過去があったなんて。
でもそう言われたって、アレンは……。
「駄目よ。だって私、アレンに嫌われてるもの。あれ以来、会いに来てくれないもの」
そうだ。いくら私がアレンを好きでも、嫌われていたら意味がない。
けれど、母様は優しい声で続ける。
「それ、彼がそう言ったの? 貴女のことを嫌いだって、そう言った?」
「……それは」
「違うわよね。それに、貴女は自分から会いに行ったの? あの子のところへ」
「……っ」
そう言われて気が付いた。
私、行ってない。自分からアレンに会いに行ってない。だってアレンは領主の息子で……会いに行ったって追い返されると思っていたから。
いや、違う。本当は怖かったんだ。自分から会いに行って、アレンに拒絶されるのが。
「ね? まだまだやれることは、沢山あるんじゃないかしら?」
「……」
確かにそうだ。私はまだ何もしていない。まだ、出来ることは沢山ある。
会えないまま別れるくらいなら……いっそのこと――。
その夜私は決意した。必ずアレンに、この気持ちを伝えると。
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