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出会い
ある朝、雲一つない青空が広がっている。
その下では、登校中の学生たちが学校めがけてバス停から一斉に同じ方向へと
歩みを進めている。
その横を出勤ラッシュのトラックや一般車も各々の目的の方向へ進んでゆく。
その中を、ある一台の車があった。その車の中では落ち着いた様子で目的地へ
向かう一人の青年が運転していた。
手首には銀縁の腕時計、上下黒のジャケットとズボンを着て中には白いカッ
ターシャツを着ている。
すると彼の胸元から携帯の着信音が聞こえる。そして、車のカーナビに「着
信」と表示され彼は画面に目を向けず通話ボタンを押す。
「はい、石田です。」
すると、彼の耳元に着けているワイヤレスイヤホンから男性の声がする。
「おはよう。お前さん」
すると、石田は相手がわかって普段通りの話し方になる。
「ああ、おはよう。時間通りには着くから。車が混んで早めに行こうと思って
たけど少し遅くなると思う。」
「わかったよ。こっちは大丈夫だから。安全運転で来るんだぞ。」
「お前は母親か!」とっさに突っ込む。
「ははは、んじゃあ。後でな。」
「ああ」石田は電話を切り目的地へ向かった。
石田が走っているこの町は山と海に囲まれた地域で、田舎ではなくちょっと車
を進めれば都会や観光名所があるような地域だ。
その以前は山地であった場所は昔の土地開発で一軒家やマンションが斜めの斜
面に建てられ海に近い場所から見てみると森の代わりに建物
が立っているような状態である。数十年前に移り住んできた者たちが土地が安
いからとその斜面に住んだ結果、彼らが高齢者になった今、彼らは自力で歩く
には斜面はきつく、買い物・病院に行くのにもバス停は遠くタクシーを使わな
いと安全に出かけることができない者が急増している。
裕福なものは最新の高層マンションや平地に立つ一軒家などに住んでおり若者
より高齢者が多い、そういう地域だ。
石田が向かっているのはそんな地域の斜面の上に立っている大きい学校のよう
な建物だ。
障害を持った子供たちが通う学校であった。
電話をした場所から三十分ほどかけてそこへ到着すると駐車場に車を止めた。外に出て車に鍵をかけるとある一人の初老の男性が石田に近寄ってきた。
「お待ちしておりました。石田さん。一年ぶりですね。」
石田は頭を下げ挨拶する。
「ご無沙汰しております。渡邉さん。今年もよろしくお願いします。」
すると、横から眼鏡をかけた女性が石田の元へ現れる。
「ちょっと、石田さん。時間ギリギリですよ。打合せもあるんですから。早く
来ていただかないと」
「ごめんごめん。酒井ちゃん。挨拶もなしにいきなりダメ出し?まだ、時間は
十分あるだろ。それより、渡辺さんに挨拶した?」
少し、怪訝な表情の酒井は石田を叱責のを優先して渡邉に挨拶していない自分
の失礼な態度に気づき慌てて渡辺に挨拶する。
「す、す、すいません。失礼しました。渡邉さん。おはようございます。」
それをみて穏やかな表情で渡辺は声をかける。
「大丈夫ですよ。酒井さん。失礼なんて思ってないですよ。本当にあなたはま
じめな人ですね。いいマネージャーさんだ。」
「あ、あ、ありがとうございます。」
酒井は眼鏡を扱いながら頬を赤らめている。ほめられ馴れていなのだろう。
そして、駐車場で挨拶を済ませた石田と酒井は渡邊の案内で学校の体育館で今
日の打ち合わせを始めた。
体育館のステージの上には「石田友樹リサイタル ピアノコンサート」と書か
れている。
ステージの真ん中に置かれたピアノには調律しであろうかピアノを扱い調整を
している。
そして、石田たちは今日司会をする女性と打ち合わせをして控室で休憩をして
いた。
「石田さん。飲み物いりますか?」
「いや、俺自分のあるからいいよ。酒井ちゃんこそ買ってきな。」
「私も、これあるんで、、、」すると、マイボトルをしっかり石田に見せた。
「ははは、酒井ちゃんもか。うちの社長節約しろってうるさいからな」
「本当ですよ。この前社長にも行ったんですよ。私はマネージャーですから構
わないですけど、石田さんはうちの稼ぎ頭なんですから少しは贅沢させてあ
げてくださいって思いますもん。」
「そっか、ありがとう。でも、会社の方針だからね。俺も社員みたいなもんだ
から。サンキューな」
「い、いえ、マネージャーですから」
と言うと酒井は何かを思い出す。
「あ、そういえば。来週のライブの件で連絡しないいけなかった。ちょっと外
します。」
すると、携帯を片手に酒井は控室から出て行った。
一人で一息つく石田。すると、控室のドアからノックが聞こえた。
「はい、どうぞ。」ドアの方向を見ずに応答すると聞き覚えのある声がする。
「やっと来たか。お前さん。」
「おお、和人。」二人は手を握り抱き合う。
「毎年、ありがとな。お前も忙しいんだろ。」と言って石田の肩をたたく。
「まあな。でも友情出演ってやつさ。それに俺も楽しみにしてるし。」
「そっか、お前のピアノは最高だからな。学校のみんなも石田さんは来ない
のーって前の週から言ってたぞ。ほんと、人気かっさらいやがってー」
「よく言うよ。学校で人気者はお前だろ。渡邉さんから昔聞いたぞ。」
「まあな。俺はさ、まあ男前だから」
「さてと、テレビでも見るか」
「流すのかよ!」二人で笑いあう。
そして、石田のピアノコンサートは始まった。
曲構成は、小さい子が好きな曲を中心に童謡や歌謡曲などを演奏。
聞いている生徒たちは手拍子や口ずさんで終始穏やかな雰囲気で生徒の保護者
も石田の演奏を見てウットリしていた。
そして、コンサートを終えた石田は再び控室に戻り、今度はサイン会へと向
かった。
こうして、学校でのイベントは全て終わり帰りの身支度をする。
すると、和人がそこへ現れる。
「お疲れ。お前さん。今日はありがとうな。渡邉さん、会議があるからよろし
く伝えてくれって。」
「そうか。渡邉さん。大変そうだな。いい施設長だな。」
「ああ、ほんとにな。あ、それよりお前にも招待状届いたか?」
鞄に荷物を入れながら返答する。
「ああ、来たよ。来週の日曜だろ。」
「お前さん、どうする?いつから東京に行くんだ?」
「酒井ちゃんにスケジュール確認してもらって前日に行く予定なんだけ
ど。」
「前日かー、金曜は?空いてないの?」
「ん?一応、金曜も開いてる。」
「ならさ、金曜から一緒に東京行こうぜ。よくよく考えたらお前さんと県外な
んて数えるくらしか行ってないしさ。久しぶりにゆっくりしてうまいもんで
も食おうや」
すると、酒井が部屋に入ってくる。
「酒井ちゃん、丁度よかった。今度の土曜からの件なんだけど。金曜から東京
へ行きたいんだけど。あれから変更ない?」
すると、酒井はスケジュール表を見る。
「えーと、もう一件の演奏会も木曜なので。、問題ありません。お知り合いの
方のライブでしたよね。」
「ああ、しかも特別なね。だからさ、酒井さん。こいつ、一日前からちょっと
借りるわ。」
和人が酒井に手を合わせてお願いしている。
「わかりました。木曜の件は手配しておきますので。石田さんちょっと、また
電話してきます。」
「ああ、いつもスケジュール調整や色んな事させて悪いね。ごめんな。」
「大丈夫です。マネージャーですから」
笑いもせず、眼鏡を光らせて再度酒井は部屋を出た。
「まあ、しかしあれから8年か・・・。もうそんなに立つんだな。」
「そうだな・・・」
石田はそういうと8年前のことを思い出していた。
2011年1月
年が明けてまもない早朝。辺りは人の気配があまりなく冷気のせいで少し霧がかかっている。
顔の前をリズミカルに白い息が出ては消えて出ては消えている。
そして、すすんでいると近所の高齢の女性とすれ違い、女性は「おはようございます」とあいさつをしてきたので、僕は挨拶を仕返した。
そんな感じで朝の町をリズミカルに流しながら進んでいくと次第に体全体が熱を発し始めるのが分かった。
僕は運動している時のこの感覚が思いのほか好きだ。
普段運動しない僕にとって朝のこの時間はいつもなまけている体たちに血液と
いう栄養を与え、体をめざめさせる儀式としていつも日課にしている。
それから、1時間ほど流して全身に汗をかいたところで帰路に着く。
まだ、世間は寝ていて丁度今から動き始めようかとする時間帯だ。
家に着き、扉を開けると暖房の暖気と朝ご飯のいい匂いが僕を迎えてくれた。
「ただいま。」
リビングの扉を開け、母さんに声をかける。
「ああ、お帰り友樹。あんたも物好きね。こんな早くから起きてジョギングなんて。運動部でもないのに。」
「いいんだよ。普段、あまり運動してないから。それに定期的に体は動かさな
いとあっという間に体全体が怠けてしまって体調を崩しやすくなるんだっ
て。この前テレビで言ってた。」
「そう、でも外は寒いから風邪には気をつけなさいよ。」
「はーい」
僕はそういうとヤカンに入った白湯をコップに入れ一気に飲み干す。
「んじゃあ。朝ご飯までには出てくるから。」
「うん、わかった。頑張ってね。」
僕は部屋を出た。そして、リビングの向かいの部屋を開ける。
自分の部屋へ戻りジョギングで搔いた汗が乾くのを待ち、勉強部屋の向かいに
あるもう一つの部屋へ入る。
そこには一台の電子ピアノがある。
僕はその電子ピアノの手前に置いてある椅子に掛け、手の感覚が戻っているの
かを神経を集中させて確認する。
「よーし。」
そして、ヘッドフォンをつけ電子ピアノを演奏し始めた。
これが僕の大体の朝の日課である。
そして、朝ご飯を食べ身支度をして登校する。一日の始まりだ。
本当は電子ピアノではなく、後ろにおいてあるグランドピアノを弾きたいけれ
どさすがに朝は近所迷惑なので朝はこれを使っている。
僕の自己紹介をかるくしておこう。
僕の名前は石田 友樹。この大門市近郊に住む学生だ。
年齢は17歳で高校2年生だ。部活とかは入っていないんだけれど幼少期から
ピアノを習っている。
それ以外は普通の高校生だ。
家族は僕を入れて4人。
母は専業主婦でいつも優しく僕を見守ってくれる。最近の大人にしては信用の
できる人だ。あまり怒らないし、でも、注意をする時は怒るというより諭すと
いった性格の人だ。
父は、普通のサラリーマンをしているどこにでもいそうな父親だ。
父も温厚ではあるが口数は少なく威厳がある。よく小さい頃、悪さをして怒ら
れたことがあるが怒る時はとても怖いし、ゲンコツが思いのほかとても重いと
いうのは小さい自分の中で印象に残っている事実だ。
昔話になるが、父は幼いころからピアノを習っておりそのまま学生の間は学生
楽団のピアニストとして青春時代をピアノに捧げてプロを目指していた。
大学生の時に、楽団の演奏会の観客として来ていた母がピアノを弾いている父
に惚れて二人は結婚。そして、僕と妹が生まれたというわけだ。
最後は妹の楓。僕とは二つ違いで今年、高校一年になったばかりだ。
見かけこそ普通の高校生だが中身はかなり気が強い。
口も達者で扱いに困る。
だが、そこまで兄弟仲が悪いわけではないので、まあ、うまくやっている方だろう。
というわけでこれが僕の家族である。
学校は私立の市内の高校に通っている。
学校ではあまり話す方ではないし、どちらかというとあまりめだたない方なの
で、僕としてはあまり目立ちたくないので非常に助かる。
だが、あいつがいるせいで自分なりに快適に過ごしていた日常が騒がしいものになっていった。
「お前さん。今日も相変わらず暗いね」
「うるさい。」
学校へ登校し授業が始まるまで外を見ていた俺にあいつが話しかけてきた。
「そう、嫌がるなよー。俺とお前の仲だろう。」
わざと近づいてくる。
「っあ!やめろ」
脇をくすぐってきたため必死に抵抗する。それを見てあいつが笑う。
まあ、これがこいつのいつものノリなのだ。
こいつの名は小林 和人。クラス一のイケメンだ。
決して、悪い奴ではないのだがクラス中では不良と思われている。
だが、いい不良?というか喧嘩も言い合いもするけど筋が通っていて曲がった
ことがきらいな男気がある男だ。
「お前さんそういう所が好きなんだよ。リアクションがデカいところとか。他
のやつはみんな怖がっちまうんだよな」
「ああ、そりゃどうも。でも、当たり前だと思うよ。見るからに不良だもん。
もったいない。顔はせっかくいけてるに。」
「言ってくれるねー。お前さん。でも、俺は不良じゃねえ。」
「なら聞くが、この前、2組の樋口にカツアゲしたのって誰だっけ?」
「はて?何のことかな?樋口君には金を借りた記憶はあるけどカツアゲした覚
えはないねえ。」
「ふん。よくいうわ。本当に気をつけないと痛いめ見るぞ。」
「へーい。」
和人はから返事をした。
「それよりさ。今日、みんなで放課後カラオケ行かない?レッスン休みだろ?たまにはさ。」
「ごめん。和人今日別のやつと行ってくれる?」
和人は空気を読むのがとてもうまい。すぐに気持ちを察してくれた。
「そういうことか。、、、わかったよ。無理すんなよ。なんかあったらいつで
も声かけてくれ。」
「ああ、わりーな。」
「いいよ。二人の付きあいだろうが。気にすんな。んじゃ。」
和人を身を送ると僕は職員室へ行く。
扉を開け担任のもとへいく。
「木村先生。今日もいいですか?」
「おお、来たな。未来のピアニスト!いつでもいいぞ。不思議なことに
この学校は音楽関係の部活がないからな。」
珍しいことだ、大概どこの学校にも吹奏楽部だの合唱部だの存在するはずだが
僕たちの学校はなぜかないのだ。
前聞いた話だと確かに昔はあったらしいが、入賞もコンクール出場もできず
部員が集まらず吹奏楽部も合唱部もつぶれたらしい。
今では昔の名残でサックスやトロンボーンなどの楽器は音楽室の倉庫にねむっ
ている。
「最近はどうなんだ?ここ連日、ずっと弾いてるが調子のわるいのか?」
「いえ、防音室にするために今工事中で。」
「そっか、いや俺たちはいつでも借りてもらってもいいんだけど。
ちょっと気になってな。」
「ありがとうございます。じゃ、お借りします。」
「ああ。ゆっくりでいいぞ」
このように、放課後に音楽室で練習するのは先生公認になっている。
放課後でほぼ人がいない廊下をゆっくり歩き音楽室へいく。
カギを開け、中に入ると冷気が僕を襲ってくる。
暖房設備がついているので電源を入れ体が温まるのを待つ。
そして、しばらくして指先が温まったのを確認してグランドピアノの蓋を
あける。
すると、白と黒の鍵盤が僕の前に現れる。
僕は椅子へ座り、手慣らしに自分の好きな曲を演奏する。
次第に気分が乗ってきて音色にも熱が入ってくる。
音色をしっかり聞いて自分の世界に酔いしれていた。
5曲ほど弾いたころに突然、入り口付近で物音がした。
僕はその音のしたところへ反射的に目をやると同級生が立っていた。
「あ、ごめん。邪魔しちゃったね。つい、聞き入っちゃって」
その子は、申し訳なさそうに頭を下げた。
「君は?」
「え?ああ、私は君のファンでーす。なんっちって。
いや、私は2年生の片瀬 美樹。
ってか、君と同じクラスなんだけどな。」
「ご、ごめん、、」
「その反応は、本気で知らなかったの!
ちょっと、ショック、、」
「いや、今思いだしたよ。」
「本当??」
「ごめん、本当。
俺さ、いつも基本周り見てないから。
悪気はないんだ。」
「ふーん。あ、ならもう一曲きかせてよ。得意なやつ!」
「う、うん。わかった。」
ピアノを弾こうとした僕に片瀬は横からをさらに言葉をかける。
「っていうか、手は抜いたら駄目だめだよ!
一応、音楽わかってる人だから。」
「わかってるって。そういえばリクエストとかない?」
「え?最近の曲でも弾けるの?」
「まあ、知ってるのであれば、、、、」
「ならねー。これは?」
こうして、しばらく僕は彼女のリクエストに応じてピアノを弾いた。
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