介護実習

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介護実習

2019年。 今日の演奏会を終え友樹と和人はご飯に行くことにした。 酒井は「お酒の問題だけは起こさないでください」とだけ忠告して友樹の車に 乗って近くのホテルへ先に戻っていった。 久ぶりに見る故郷の夜景。   目的地の居酒屋までのタクシーの中で二人一緒に2011年の頃の話を していた。 8年前の楽しかった日々を振り返りながら少ない移動時間を楽しんだ。 いつ話しても学生時代の頃の話は楽しいものだ。 そして、しばらくすると目的地の居酒屋へ着く。 タクシ代をはらい居酒屋の扉をあけると明るい声が突然襲ってきた。 「来たー!石田君。久しぶりじゃなーい。元気だった?」 「よお、理央。しばらくだね。元気だったよ。」 そのやり取りを聞いていた和人が少し不機嫌になっているに気が付いた。 「お前さん、一応人の嫁さんを呼び捨てでよぶのやめてくれよ。」 「え??また、和人そんなことで何すねてんのー。  石田君。こんな心の狭い奴はほっといてこっちおいでよ。」 「そうだな。」 二人で和人を少しからかった。 「理央、意地悪りーな。ちょっと、待ってくれよー。」 すると、僕の目の前に小さい子(3歳)が来た。 「友樹おじちゃん。おかえりー。」 「おお、利秋(としあき)ただいま。」 すると、理央はすこしげんなりした表情をする。 「毎回思うけど、利秋を聞くたびにあの昔を思い出すんだよね。」 「ん?ああ。確かに。俺もそうかも。」 「でしょー。私、和人が利秋にするっていったとき悩んだけど。  まあ、和人の理由をきいたらね。反対はできなかったわ。」 「まあな。でもまさか。息子の名前が上司の名前とはね。」 友樹と理央は笑った。 「いいだろう。別に。渡邊さんは俺の人生を変えてくれた人だ。  恩人だ。利秋にも渡邊さんのように立派な人になってもらいたいからな。」 「へえ、でもその上司は家に帰って呼び捨てされてるとは思ってないでしょう  ね」 「もう、うるさいな。何とか言ってくれよ。友樹。」 「ははは、いいじゃないか。昔から二人ともお似合いだし。  本当に。渡邊さんが二人の恩人なわけだし。」 「ほんと、、、そうだね。」 「だろ。一家全員で世話になってんだから。」 理央は明日の方向を見て言う。 「その話もだけど。やっぱ、石田君見てるとあの頃の事思い出すよ。  美樹のことも。」 「理央もあれから、会ってないのか?」 「ううん。あの子あれから何回かはこっちに帰省はしたんだけどね。    時間が合わなく3年前が最後かな。」 「そっか。」 「石田君こそ、8年ぶりなんでしょ。美樹と会うの。」 「ああ」 2011年3月 1月に音楽室で美樹と初めて会ってからというもの頻繁ではないが放課後に 音楽室で練習していると美樹が時々音楽室へ顔を出すようになった。 彼女が言うには僕のピアノが好きで癒される。だそうだ。 特に話し込むわけではなく練習中に美樹が傍らで静かに聞いているという 奇妙な関係が続いていた。 そんなある日、 「ねえ、私。今弾いてた曲歌ってもいい?」 「??いいよ。」 僕はもう一度直前に弾いていた曲を演奏し始める。 伴奏パートが終わり歌のパートに入ると美樹が歌い始める。 その瞬間、僕は彼女のあまりに美しい歌声に我をわすれて手を止めそうになり かけた。 それから曲が終わるまであまり覚えていない。 彼女の歌に合わせて自分も気分を乗せられて心地よく無我夢中で曲に酔いしれ た。 こんなことは初めてだ。曲に集中することはあっても没頭したことはなかった 曲が終わり、彼女も我にもどった。 「わがままいってごめんね。つい歌いたくなっちゃって付き合わせてごめん」 「いや、とんでもないよ!片瀬すごいじゃないか。まじでうまかった。」 「本当?実をいうとね。私、昔から歌がすごく好きで我流なんだけど、  歌の練習してたんだよね。レッスンとか行ってたわけじゃあないんだけど  今の曲、実を言うとすごく好きな曲だったんだ」 「そうだったんだ。僕も片瀬の歌に引き込まれて今までにないくらい曲に    入りこめたんだ。今までで一番だよ。」 「よかった。役に立てて。そういえば!今度、この曲のアーティストね。  コミュニティラジオにゲストで来るんだって。」 「え!マジで!こんなところまで来るんだな。」 「うん、普段は来ないんだけど今回のツアーは細かいところまで回るらしいの  でさ、、よかったら、石田君一緒に公開放送行かない?」 「え?」 「え、いや、やっぱりなんでもない。忘れて。石田君レッスンもあるし大変    だよね。」 「いや、俺なんかでいいの?俺もこのアーティスト好きだから全然行くよ。」 「え!本当!わ、わかった。じゃあ、評細わかったら連絡するからさ、  番号教えてくれる?」 「うん、わかった。」 そして、俺と美樹は連絡先を交換した。 そして、数日後。 僕は自宅でレッスンを受けていた。 「よし!いいぞ。そこはもっと。感情をこめて!」 自宅にあるグランドピアノに一生懸命弾いている僕の後ろでリチャード先生 が支持を飛ばす。 「そうだ!そう!YES!いい感じだ。」 曲も最大の聞かせ所にさしかかり自分もそれに集中してい弾いているその時、 後ろで支持を出す先生が突然、熱量が失われ支持をやめた。 「友樹、ストップだ。一回やめて」 「いいかい。前も言っただろう?ここは曲の中で最大の見せ場だ。この、  スローな後にくるこの激しく弾くこの箇所がどうしてもいまいちだ。  前も指摘したところだよ。」 「すいません、、、、」 僕はいつもこの箇所を毎日練習していた。でも、その箇所だけはいつも つまづいてしまう。 「まあ、少し休憩しよう。まだ、レッスンの時間はあるからね。」 そして、後ろから扉があいた。 「失礼します。ケーキでもどうですか?リチャード君。紅茶も入れましたんで    ぜひ。」 「奥様、お構いなく。」 「いやいや、主人の大切な後輩ですもの。いつもありがとう。遠慮しないで」 「、、、いつも、すいません。」 こうして、3人でケーキを食べることにした。 「いやー、やっぱりここのケーキはおいしいです。」 「あら、リチャード君はここのケーキ食べたことあるの?」 「ええ、ここら辺で何件かレッスンしてますから。この付近は結構希望者  が多いんです。」 「そう、たいへんね。」 「そんなことはないですよ。好きでやってる仕事ですから。次代のピアニスト  を世に送り出しより多くのピアニストに海外でかつやくしてほしいんです」 「いい願いね。素晴らしいわ。」 「育成は、先輩もやっていたことですから。楽団をやめてからもたまには  演奏会やってるって聞いてますよ。」 「ええ、たまに昔の友人たちと楽しくやってるわ。  本人はもう趣味でいいっていってるけど。  あの人にとっても音楽は生きがいみたい。」 「僕らの同級でも、先輩のことは多くの人が尊敬してますからね。  よくツアーでまわっていた外国の楽団の指揮者の方も絶賛していた  ほどですから。  だから、僕はそんな先輩の息子である友樹のコーチーになれて  とても光栄なんです。」 「そう、ありがとう。リチャード君。よかったわね。友樹。  今度のコンクール頑張らないとね。」 「うん、、、」 僕はリチャードと母さんの会話を聞いて、さらに絶不調な今の自分に 嫌気がさした。 「、、、ヘイ。友樹。落ち込まなくていい。今のは先輩と僕の思い出だ。  友樹は自分のペースでやればいい。スランプは誰にでもある。  僕なんて、君くらい時は全然だったよ。センスはある。  ただ、今の壁は誰しもが通る道だ。そこを超えればきっと、さらに  次のステップへいけるさ。」 「ありがとう。リチャードさん。」 「よし、もう少ししたらもう一回練習して今日は終わろうか。」 こうして、レッスンを受けながら一日が終わった。 そして、翌日の朝。 学校でホームルームが始まった。 「よし、この前言っていた。職場見学の班割が決まったので、  今からプリントを渡すぞ。」 担任からプリントを渡され前の席からプリントが配られる。 職場体験自体、あまり興味がないのだがプリントのなかを見て 手が止まった。 (D班、 石田 友樹、、、小林 和人、、、) 「まじか、、、」 するとすかさず後ろから声がする。 「あら、一緒だね。お前さん。」 「終わった、、、」 「なんでだよ!」 すると、その雰囲気を察した担任が言う。 「よかったな。小林。お前は何するか分からんからな。保護者役で石田が  いれば安心だろ。石田、学校の為だ。がんばれ、」 教室内に笑いが起きる。 「そういうことだお前さん。よろしく頼むよ。」 「まあ、いいけど。」 担任や周りはそういうけど。確かに素行はわるいかもしれないが俺は 正直心の中ではほっとしていた。 「さあ、来週に職場体験だ。今から各班に分かれてリーダーを決めてくれ。」 生徒が一斉に動き始める。そして、聞き覚えのある女子の声がした。 「あら、石田君。よろしく頼むよ。フフフ。」 振り返ると美樹ともう一人女子がいた。 「片瀬。D班なの?」 「そうよ。それと、理央と二人。」 「えー、小林と一緒かよ。」 「なんだ?生島。文句あんのかよ。」 「別にないわよ。問題だけは起こさないで。」 「言われなくても、ノートラブルで終わるわ!」 和人と生島はこの時から犬猿の仲というか、夫婦というか。 会えばすぐに口論になるなかだった。 「はあ、大丈夫かな。この二人。」 「どうにかなるよ。和人には俺がついてるし。4人で行くわけだから。」 「なら、なおさらリーダーさん重要だよね。」 「うん、、、そうだな、、、」 三人の視線をなぜか感じて顔を上げると三人とも俺を見ていた。 「え?俺!」 「異議なし。」 「右に同じ」 「当たり前っしょ。」 満場一致でこの瞬間俺がリーダーになった。 そして、一週間後。 職場体験の日。 卒員は内の担任で、俺たちD班は校区内にある老人施設についた。 「着いたね。」 「うん。」 「俺はもうきついよ。お前さん。あとは頼んだ。」 担任が和人の首根っこをつかむ。 「おーい。小林。社会勉強だー。しっかり勉強してこいよ。頼む。石田」 「はい。和人行くぞ。」 「へーい。」 こうして、3日間の職場体験が始まった。 僕たちは玄関で施設長とあいさつをし、3日間についてのオリエンテーション うけた。 ここは、市が運営している。「特別養護老人ホーム」という種類の施設で 介護士と看護師の皆さんがお年寄りの方をお世話している。 介護士とは、「食事」「排泄」「入浴」などのお世話をする人で毎日 お年寄りの方と過ごし日々の生活を支えている。 看護師は病院などの看護師とは違い、日々の体調管理、お薬の管理、 お年寄りの方が何かあったときに病院へつれていくなどの仕事を されている。 「へえ、介護って大変なんだ。」 すると、施設長の横にいたもう一人の男性が口を開く。 「そうだね。みんなからしたらとても大変だと思う。  僕たちはこれを毎日やって普通になってるけど。」 「僕たちは、これを三日やるんですよね、、、?」 和人が恐る恐る聞くと、 「ははは、まさか。安心して。さすがに全部はさせれないよ。  でも、お話相手とかなってくれると嬉しいかな。」 「話相手?ですか?」 「そうだよ。君たちが思っている以上に高齢者の方は君たち若い人が  来てくれるだけでとてもうれしくて元気をもらえるもんなんだよ。  話すだけと思っているかもしれないけど。  この世界では、話すのも立派な仕事」 みんなでその後も話を聞く。 「途中で入ってきてたから言うのを忘れてたね。  僕はここの介護リーダーの渡邊 利秋です。よろしくね。」 そして、僕たちは一日目がスタートした。 渡邊リーダーの教えを聞いて。初日はとにかく恥ずかしいのを我慢しながら 会話をすることに専念した。 とても会話しやすい方、優しい方、気難しい方など色んな方がいて、とにかく 聞かれたことを答える。 よろこんでくれたり、泣いてくれたりする方もいて段々、話すことに慣れてき た。 皆をみると、あんなに嫌がっていた和人は老人の女性にすごく気にいられ、 いつものノリでおもっていたよりうまくコミュニケーションをとり 生島も初めはひいていたがなんとか話しができ、美樹に至っては初めから 相手の心をひらくのがうまいと渡邊リーダーから太鼓判を押されていた。 それにくらべ自分は、なんとかとれるものの微妙な感じで一日終わった。 一日が終わるころには皆疲労困憊でそうそうに帰路についた。 そして、この二日目である事件が起きたのだ、、、、 二日目は昨日と同じようにコミュニケーションをとり、そして、各職員に ついて′リネン交換’いわゆる’シーツ交換’をすることになった。 「お願いします。」 そういうと俺はレクチャーを受けながらその施設のシーツを交換して周った。 初めはうまくできないが最後には「筋がいい」と褒められて上機嫌で仕事を した。 そして、昼食前にトイレへ行くため廊下には高齢者の大名行列ができていた。 この人数をトイレの奥にいる職員の人たちは手分けしてお手伝いしているのか と思うと日々の介護士の方の苦労が少しわかった気がした。 「すごいですね。先生。これが毎日なんですよね。」 「そうだ。毎日。これがここの日常。大変だよな。」 「ええ。」 先生と二人で話していたその時後ろから声がした 「お前!俺の金を盗んだな!俺は見てたぞ!!誰かこいつを捕まえてくれ!」 その男性の老人の目の前には和人が立っていた。 「はっ?俺じゃないっすよ。」 「とぼけるのもいい加減にしろ!」 「小林」 先生が急いで和人のところへ行く。 そして、老人も怒りが収まらず和人に罵声を浴び続け、和人の顔色が 変わるのがわかった。 「だから、違うって言ってんじゃねえか!ジジイ!!」 「やめろ!和人!」 俺もすぐに先生の後ろを追いかけ和人を止めに入ったが時すでに遅し。 和人はその老人を殴ってしまったのだ。 そして、すぐに職員、先生が仲裁に入りその場は収まり。 職場見学は一時中止となった。 面談室で僕と美樹はしていた。 和人と先生は殴られたご老人と職員さんに謝りに行った。 「とんでもないことになったな。」 「そうだね。大丈夫かな。小林君。」 「心配いらないよ。きっと、何か手違いがあったんだよ。でも、殴ったのは  かなりまずいか。」 「でも、小林君。絶対お金とってないよね?」 「ああ、あいつはそんな事、絶対しない奴だから。」 「本当に仲いいんだね。石田君たちって。」 「俺の唯一の友達だから。」 「そっか、、、」 「ところで生島さんは?」 「理央?今先生のところに行ってるみたい。」 「先生のところに?」 「理央小林君の無実を証明してくるって。見たこと一部始終伝えにいったの」 そして、和人たちが返ってきた。 「さあ、お待たせ。帰るぞ。」 こうして、二日目は終わった。 色々あった職場見学も最終日の3日目を迎える。 いつもより、ちょっと早く出て。和人を励ましながら待ち合わせ場所へ行こう と早めに和人と合流した。 「よく眠れたか?」 「ああ、なんとかね。自分の短気さ加減にガチで反省したよ。  みんなにも迷惑かけたし、わるかったな」 「いや、いいよ。友達なんだし。気にすんな。」 「ありがとう、お前さん」 とぼとぼと歩いていると、 「それとな、お前さんに報告がある。」 「どうした?」 「俺、生島が好きだ。」 「、、、、、。はあ?なんだよ。突然。」 和人から説明を受けた。 あのあと、先生たちが話しているところに生島が事情をすべて説明した。 そして、和人がこんなことをしない根拠を彼女なりに話し、そして、 何よりも窃盗自体なかったそうだ。 認知症。という病気には「物とれら妄想」という症状があり、本人の 中では本当に和人が物を盗んだと勘違いしてしまうらしい。 そして、それは渡邊リーダーはじめ職員全員。周知しているそうだ。 殴ったことも「自分たちがいながら止めれずすいませんでした」と ご老人の家族にリーダーさんが頭を下げに行き、家族のかたも理解して くれたそうだ。 昨日の帰り道、和人と生島は途中まで帰り道が一緒らしく、歩いているときに 「小林。落ち込むなよ。あんた。悪くなかったんだからね。」 「わかってるよ。」 「それに、、、あんたが元気ないと、、調子狂うっていうか。みんなの    ムードメーカーなんだから。」 「ああ。、、、生島。」 「ん?」 「ありがとな。証言してくれて。助かったよ。」 「当たり前でしょ。クラスメイトなんだから。帰ろ。」 そうしたやり取りがあったらしい。 生島の正義感が和人の胸を撃ち抜いたらしい。 「いつか、振り向かせて嫁にしてやる!!」と僕の前で宣言した。 そして、先生と美樹たちが見えてきた。 「生島!!行くぞ!!」 「は!?何勝手に仕切ってんの。あんたが先導切ったら心配。」 「てめー!いいから黙ってついてこい!!」 僕たちをしり目に二人は並んで先に行った。 その瞬間、少し生島の頬が赤くなっているのが見えた。 「お似合いなんじゃない。」 「苦労するぞ。生島。どんまい。」 「大丈夫でしょ。あの二人なら。」 先生と美樹と僕は二人を見守りながら施設へ行った。 そして、3日目。 リネン交換・コミュニケーション・そして、ちょっとだけ介護をさせてもらえ 無事に業務をこなす。 昨日と違うのは、和人と生島が先導切って場を盛り上げていた. その場のみんなが笑顔になり、昨日の殴られた老人も和人と仲良くなっていた そう、これなのだ。僕の好きな和人の好きなところは。 真面目では決してないが、彼にはみんなを引き付ける魅力がある。 それにみんないつの間にかのせられあっという間にみんなの真ん中にいる。 こういう光景をみるのが僕は好きなのだ。 その理解者は俺の他にももう一人増えたと発見したのだ。 まあ、その子はそのうちこいつの人生の伴侶になるだけれど。 今の僕には知る由もなかった。
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