大切な一日

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大切な一日

2019年、東京へ行く三日前。 俺は和人と待ち合わせをした。 それに間に合うように酒井ちゃんと周辺地域の演奏会やミニコンサートを こなしていた。 ある高校で演奏会をしてくれた。 「本日はありがとうございました。石田 友樹さんでした。」  演奏を終えた俺に大勢の人が握手やサインを求めてきた。  ファンとの交流はありがたい。  演奏者としての幸せを感じる。  そして、次の労力へとつながるのだ。  そして、落ち着いたところで酒井ちゃんと控室へ戻るときある一人の  男子学生が話しかけてきた。  「あの、、、石田さん。ちょっといいですか?」  待ち伏せのファンではどうやらないらしい。  「あのね、ごめん。今から用事があって、、」  「良いよ。酒井ちゃん。先戻ってて。すぐ行くから」  「、、、わかりました」  酒井ちゃんはとまどいながら先に控室へ戻った。  「どうしたんだ?」  「僕の話を聞いてくれるんですか?」  「ああ、君。演奏者だろ?」  なんとなく、雰囲気で分かった。その非日常な圧力にさらされ、常に  何かに向かって打ち込んでいる人の顔を彼していた。  自分がそのような学生生活を送っていたからよく分かった。  「はい。、、、あの、石田さんはなぜ、大きなコンサートなどに出ないので   すか?」  僕はまさかそういう質問が出てくるとは思わなかったので面食らった  「いや、技術も表現力もそこら辺の演奏者の方よりあるのに。   僕はもっとデカい会場であなたを見たいです。」  「そっか、ありがとう。   そう言ってくれる人がいるだけで充分だよ。」   俺はそういうと運動場を見てコーヒーを一口飲む。  「君はコンサート出るの?」  「はい。親が元オーケストラ出身で幼少期から演奏者を目指して練習して   ます」  「そっか、昔の俺と一緒だな。」  「あの、アイドルの片瀬 美樹さんが話してた’私の人生を変えてくれた人’   ってあなたですよね」  「どうしてそう思う?」  「だって、SNSでこれが。」   俺は彼の携帯の画像をのぞく。  「、、、はは。懐かしいな。」  「ほら!」  大声で指を指す男子学生を見て俺は笑う。  「ばれちゃったか。」  「俺、この話聞いたとき。感動したんです。一日だけの路上ライブ。   その前後の話を聞いて。石田さんみたいになりたいって思ったんです。   だから、俺にとっては雲の上の人であってほしいんです」  「大きなコンサートをする人が大物って?」  「そういうわけでは」  俺は男子学生の肩をたたく。  「まあ、無理もない。俺も今の考えになるまでは君と同じだったさ。   とにかく、頑張って練習して大きなコンサートで受賞して大物になって   努力を清算しようとかね。   でもね。会場の大きさなんて関係ない。   演奏者がいてピアノがあって聞く人がいればそれはもうコンサートなん   だよ。一番大切なのはここだ。」   俺は、男子学生の胸をこついた。  「一番大切なのは客でも会場でもピアノでもない。   演奏者がどう演奏して何を伝えたいかじゃないかな」   男子学生はしばらく考え、   「石田さん。ありがとうございます。    ためになりました」   頭をさげ校舎へ消えていった。  俺はさっき見ていたSNSの動画を思い出していた。  きっと、あそこにいた誰かがつい最近アップしたのだろう。  あの時にSNSなんてのはなかったから。  俺はあの大切な一日を思い出していた。 2011年、 美樹がある企画を僕に話してくれた 「自分を変えてくれた人を紹介するコーナー?」 「そう、初めて私が立ち上げた企画なんだよ。    で、まだ応募が少ないから初回は自分を変えてくれた人をって、  それで、友樹を選んだんだ」 「なんで俺なんだよ。どう考えても「ラシール」のYUKIさんだろ。  美樹の場合」 「そうなんだけど。YUKIちゃんの事結構番組で話しまくってるだよね。  忙しいだろうし。」 「俺は暇って?」 「そんなんじゃあないよ。でも、私の決心のきっかけは紛れもなく友樹だもん  嫌?」 「別に嫌じゃないけど。ラジオに出るんだよな?」 「当然でしょ」 「、、、、いやいやいや。やっぱりはずかしいわ。」 「そっか」 美樹は落胆の表情を見せた。あまりに落ち込んでいるのでいたたまれなくなり 「わかったよ。いつ行けばいい?」 「今日!」 「はっ!今日?」 「そうだよ。」 「何時から?」 「夕方18時から」 「2時間しかないじゃん」 「大丈夫だよ。緊張してるの??」 「当たり前だろ。どうしょ、、、」 どぎまぎしている俺を美樹は笑った。 こうして、放課後に待ち合わせてFMMATIDAのスタジオへ向かった。 そして、ラジオ放送は始まった。 美樹は自分たちの出会いから僕がピアニストを目指していること。 そして、美樹が影響を受けた人を話していた。もちろん、 YUKIちゃんの事も話していた。 自分がまさかラジオに出る日が来るなんて思いもしなかった。 コンサートホールで決められた曲を弾くことはあってもパーソナルな自分を 公共の電波で話すなんて恥ずかしくて仕方がなかった。 それを毎日、ここで話している美樹の事を考えるととても尊敬した。 こうして、放送は終了。 俺と美樹はFM MATIDAを後にした。 「今日はありがとね。出てくれてありがとう」 「俺も貴重な体験だったからこちらこそありがとう。」 時計をみると20:00をまわっていた。 外は暗くなり、クリスマス前の街並みはイルミネーションできれいだ。 「、、、、あのね。友樹。今日はもう一つお願いがあるんだけど、、、」 「ん?」 「今日、誘ったのはこのためなの、」 「どうしたんだ?」 「私、、、、今度。東京に大きいオーディションを受けに行くことが決まった  の。」 「!!え?」 「あのね。ボイトレの先生にすすめられて色んなオーデションを紹介してもら  ってその中の一つなんだけど。結構大きいグループでできたばかりなんだっ  って。即戦力の歌手を募集してて、先生が受けてみたらって。」 「そうなのか。いつ行くんだ?」 「来月の頭かな。一回、東京でオーデションを受けに行って合格すれば、  研修生からだけど上京することになると思う。」 「そっか、合格すれば一気に時の人だな。でもすごいじゃないか。」 「喜んでくれるの?」 「当たり前だろ。アイドルって言っても今の時代。先々に女優とか歌手を     目指して下済みとしてアイドルをする人もいるからね。それに、美樹が  いつかは歌手になるって夢を聞いていたからその夢の為と思っていたし」 「ありがとう、、、、  友樹それでね。多分、なかなかこれから会える日が本当になくなると思う  の、、、だから、今日はお願いがあって、、、」 「ん?」 そして、僕は二人の思い出として「あることをしたい」という美樹の申し出を 受けることにした。 その日の21:00.町田の駅のコンコース、、、、 そこのある一角に数十人の人だかりができていた。 その中心には、僕と美樹がいた。そして、僕は借りてきたキーボードを配置し 一夜限りの最初で最後の二人のコンサートが始まった。 後にも先にも外や人の歌の伴奏としてピアノを弾くことはないと思っていたが まさかこんな形で実現しようとは僕はおもっていなかった。 美樹は目の前の来てくれた人に話し出す。 「急遽、こんな遅い時間に集まっていただきありがとうございます。  突然なんですが、私は、、今度、大きいオーデションの二次審査で東京に  行くことが決まりました。そして、まだ合格してはいないけど。  でも、こうやってみんなの前で歌えるのはきっと合格したらできなくなるの  でこうして聞いてもらいたくて今日の路上ライブを考えついたの。  親、友達、そして私を支えてくれてる色んな人みんなにこれまでのお礼を  込めてここで歌わせてください。伴奏は私をこの道のきっかけをくれた人、  石田 友樹君にお願いしました。ありがとう。」 美樹は僕に軽く会釈した。僕は改めて言われたので少し恥ずかしくなった 「では、聞いてください、、、、」 こうして、一夜限りの路上ライブは始まった。 美樹のきれいな美声にのせ、僕は時間を忘れ歌声に合わせて心を込めて演奏し た。 そして、前に目をやると歌声に酔いしれてる人もいれば涙する人もいた。 曲数をこなすたびに足を止めてくれる人がいて終わるころには2倍、3倍と 人数は増えていきみんな、いい顔をして聞いてくれた。 コンサートが終わってからも、美樹の友達や呼んだ知人などが美樹との別れの のあいさつや激励をしていた。 そうだ。これで俺と美樹ももしかしたらお別れなのかもしれない。 そう思うと悲しくなった。 でも、少し前の時に覚悟はしていたんだ。 いつかは、二人違う道を目指すのだから。近いうち別れがあると。 でも、少し早い別れに僕は胸が苦しくなる心地だ。 美樹が離れていく、、、でも、決めていたことだと自分に言い聞かせた。 好きな人の夢を邪魔してまで一緒になりたいとは思わなかった。 夢を追うことを僕は知っている。 色んなものを犠牲にしなければ夢はつかめないのだ。 そういうものなのだと、、、、 こうして、美樹と俺は話すことなく知人、友人と帰路にたった。
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