失われた声

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失われた声

2019年、東京に行く2日前。 友樹は朝に和人と待ち合わせして町田の駅で集合することにした。 駅前は人は通勤ラッシュでサラリーマンや学生の姿が目立つ。 「おお、お前さん。待たせたな。」 「和人。おせーよ。」 二人して、トラベルバックを持って都市部まで行き、新幹線に乗って東京へ 行った。 和人とも忙しくて男二人旅なんてしたことなかった。 道中、親友との尽きない会話は多忙すぎたこの日常の疲れを吹き飛ばしてく れた。 そして、東京駅近くの予約していたホテルに到着し、夕食時になった。 友樹と和人は夕食をすませ、あるBERに行った。   扉を開けるとある店長が友樹に声を掛けた。 「おお、友樹。ひさしぶりじゃないか。元気してたか?」 「お兄さん。お久しぶりです。」 「ああ。おっ。そっちも懐かしい顔だな。」 「隆二さん。この前はどうも。内の子供の誕生日ケーキわざわざ」 「いいって。これ何気に趣味なのよ。うまかったか?」 「はい。嫁も子供も喜んでました」 「それはよかった。何か飲むか?」 友樹と和人はドリンクを頼み隆二と会話を楽しんだ。 「それはそうと。あれからもうそんなにたつんだな。」 「そうっすね。あんなことあってよく立ち直れましたよね。美樹ちゃん。」 「ああ、それもこれもこいつのおかけだけどな。なあ。弟よ。」 二人の目線の先には友樹がいた。 2011年。 あの一夜限りのコンサートから数週間後のある朝。 美樹の家。 美樹は大きなトラベルバックを持って家を出ようとしていた。 「美樹。新幹線のチケット持った?」 「うん。大丈夫。」 「忘れ物はない?ちゃんと確かめた?」 「もう、大丈夫だって。子供じゃあないんだよ。」 「そうね。ごめんごめん。  娘が数日でも県外に行くってなったらやっぱり心配なのよ。  でも、今までほたってばかりにしてきた私が言える立場じゃないか、、」 すると、美樹は美智子に抱き着いた。 「そんなことないよ。お母さんの支えがあったから。今の私があるの。  今回の事もわかってくれてありがとう。」 「何よ。急に、、、  でも、一度しかない人生だからね。がんばるんだよ。」 「うん」 そして、美樹は家を出てトラベルバックを持って家を出た。 駅へ向かう娘を見えぬまで見送る美樹の母。 美樹は振り返って母に笑顔でガッツポーズをした。 母笑顔で同じように返した。 (お母さん。ありがとう、、、がんばってくるからね) 次の瞬間、笑顔でガッツポーズを返す母が突然、大型トラックと共に 姿を消した。 (え?) 美樹は目の前の光景が理解できなかった。 今いた母の姿が今はもうない、、、そこにいるのは母がいたそこには電柱に 激突した大破したトラックとその下に流れるおびただしい血の海だった。 「いや、、、いや、、、、いやああああああ!」 美樹はその場で叫びながら座り込んでしまった。 一方その頃、俺はコンクールの一次予選の会場にいた。 いつになってもこの緊張感は苦手だ。 始まれば、緊張を感じず演奏できるのだが始まるまでがどうも緊張する。 手にかいた汗をぬぐいながら今日の曲を頭で演奏し出番に備える。 結果、僕は難なく演奏を終えた。 終わりエントランスに出るとリチャードが待っていた。 「ブラボー。ナイスだ友樹。完全復活だな。」 リチャードを見て安心した僕は二人で握手した。 「先生。ありがとう。このまま、一時通過すればいいんだけど。」 「できるさ。今まで一番の出来だ。保証する。」 こうして、僕は結果を待ち見事二次予選に出る事が決まった。 翌日。僕は思いもよらないことを聴くことになる。 普段通り登校する。 そして、学校の朝礼で担任の先生が重い顔で話し出した。 「かなしい知らせがある。昨日、片瀬のお母さまが亡くなられたそうだ。」 耳を疑った。そして、先生は続ける。 「そして、片瀬なんだが。  その事故の場にいて、お母さまが亡くなられる姿を見てしまい倒れて  今入院している。」 頭が真っ白になった。美樹にそんな事があったなんて、、、、 次の瞬間、僕は走り出していた。 どこにかわからないが、とにかく美樹に会わないとそれだけだった。 僕は美樹の家の付近まで送ったことのある場所へ行った。 行ってどうしようなんて何も考えていなかった。 そこにいるはずもないのに。どうにかしようととにかく体が動いていた。 息が上がり、頭を上げるとその場所から数件先の家の前に一人の男の人が 立っていた。 その人は僕を確認するとこちらへ向かってきた。 「友樹君か、、、、」 「なぜ、、、、僕の名前を、、、、」 男の人は、僕にあるものを渡した。 それはあの介護実習の後に和人と理央と美樹と撮ったプリクラだった 「どうして」 「妹がいつも話してた。今、気になってる人がいていつも君の話を  していたよ。友樹君」 「美樹のお兄さん、、、」 僕はすぐにお兄さんに言った。 「美樹のお母さんの件聞きました。  美樹は、美樹は大丈夫なんですか?」 「、、、、友樹君。美樹に会いたいか?」 「はい!」 「わかった。ついておいで」 僕は美樹のお兄さんに連れらて美樹の入院している病院へ向かった。 そこにいたのは病室で寝ている美樹だった。 「美樹、、、、」 「失語症、、、、だそうだ。」 「え?、、、失語症?」 「ああ、母さんが事故にあった瞬間、美樹がその場にいてひかれる瞬間も目撃  してしまったらしい。そのショックで声がでないらしい。」 「そんな、、、、」 「医者からは、傷がいえれば声が出る可能性は十分あるとのことだが。いつと  はいえないらしい。」 「美樹、、、、」 僕はその場でうなだれた。 突然の出来事と突き付けられた現実で僕の心の中は「無」になった。 つい数週間前の美樹の姿が思い出される。 その頭の中の映像は色彩に彩られたイメージだが現実はモノクロそのものだ 僕のこの世界は色を失ってしまったのだ。 何とか我に返った僕に美樹のお兄さんが語り掛けてくれた 「つらいよな、、、すまんな。いきなり言われても、、、な」 そうだ、目の前にいるお兄さんは今、自分の母親と妹に起きた現実で俺以上 につらいずはずなのだ。なのに、、俺は、、、 「お兄さん!すいません。あなたの方がつらいはずなのに。俺、、、俺。」 「いいんだよ、、、てか、友樹君。いいやつなのな。」 頭を下げる俺にお兄さんはそう言ってくれた 「そんなこと、、、俺は最低です。」 「最低な野郎は、その気遣いをしないよ。それに最低なのは俺だ。  親父もいないのに自分の夢とかで東京に勝手に行って女二人にさせてたんだ  からな。これは俺の罰だよ」 お兄さんは自責の念にかられていた。 そして、「コーヒーでも飲まないか?」と誘われた。 僕は「はい」と言い自動販売機へ行った。 勝手にお兄さんを今一人にさせてはいけないと勝手なお節介をしてしまって いた。 自動販売機の前のソファに僕とお兄さんは掛けた。 「友樹君、、、ありがとな。君もつらいのに。気を使ってくれて。  本当は君を美樹に会わせたくなかった。」 「え?」 「あ、勘違いしなでくれ。  君の事を思ってだ。美樹から聞いてる。ピアニスト目指してんだって?  今はコンクール前だったよな。」 「そこまで知っててくれてたんですか?」 「まあ、美樹が宝物を自慢するように毎回君の話をするもんだから。  君の情報はほぼ知ってる。」 二人で少し笑った。 「だから、、、君が今日のように落胆するのはわかってて合わせてしまって  正直後悔している。君も俺が思っていた以上にいい奴だしな。」 「いや、、、、そんなことは、、」 「でも、、、美樹を救ってやれるのは君しかいないって。    正直思ってる、、、  なあ、友樹君。出会ってばかりで今辛い君にこんなことを頼むのは違う  とは思っているが、時間がある時に美樹に会いに来てやってくれないか?」 「、、、え?いいんですか?」 「ああ、けど。君も大切な時期だし、美樹の声がいつ戻るかわからないんだよ。」 「、、、、」 「先生は、心配ないと言っていたがいつもどるかはわからないらしい。  個人差があるらしいんだ。  友樹君が居て、なるべくあいつの心の支えになってやってほしいんだが、  君もずっと美樹の元ってわけにはいかないだろう」 「、、、、でも、俺は美樹の元にいたいです。美樹さんの声を戻る手助け  になるなら、いさせてください!」 「、、、、ありがとうな。頼むよ、、、、」 二人は病院のソファでしばらく話した。 翌日から、僕は美樹の病室へ学校が終わったら向かった。 当日、病室のドアを開けると窓から外の景色を見ている美樹がいた。 「美樹、、、、」 美樹は僕を確認すると微笑んだ。 「調子はどう?」 美樹はオーバーテーブルの上に置いてあるホワイトボードに何かを書き始めた (うん、大丈夫。友樹は?) 「うん、この通りさ。」 美樹は微笑んだ。 そして、二人で他愛もないやり取りをした。 そして、俺は持参した小さいおもちゃのピアノで美樹の好きな音楽を演奏 した。 美樹の方に目をやると安らかな顔で目を閉じて音楽を聴いている。 その姿に、僕も自然に笑みがこぼれた。 瞬間、この時間がこのまま終わらなければいいのにと思ってしまった。 そして、17時になると俺は病室を後にして美樹に手を振った。 自宅まで30分の道のりいつも鍛えてジョギングしていると思えば帰路も 苦痛じゃなかった。 そして、1週間そのようなルーティーンが流れた。 ある日の病院。 「どうだい。美樹ちゃん。調子はどう?」 (大丈夫。元気ですよ) 主治医の大倉がホワイトボードを見る。 「そうか、そうか。精神的も落ち着いてきたからな。帰宅許可も明日には出せ  るから。」 (ありがとうございます) すると、美樹と隆二が入れ替わりで入った。 「PTSD?」 「はい、もう体も心も美樹さんは回復しておられます。  ですが、目の前でお母様がなくなるところを目の当たりにしているの関係で  トラックやあの事故に関連している物に目が行くとパニック障害起こす  可能性があります。後、声の方は本当に彼女の心の整理やきっかけで  出るようにはなると思いますがPTSD(心外傷後ストレス障害)の影響は  今後あるものかと、、、」 「、、、、そうですか、、、心配いりません。今後は俺がこっちであいつを    見ますから」 「大丈夫なのですか?お兄さん。東京で働いているのでしょ?」 「やめてきました。今までお袋や美樹の事ほったらかしで夢ばかり追いかけて  たから、これからはあいつが自立するまではいてやるつもりです」 「お兄さん、、、。」 隆二は顔を下へ向けて震えだした 「せ、、、せん、せい。俺、、無理みたいです、、、もう」 「ええ。わかってます。わかってますよ。」 「本当、、、すいません」 「あなたもつらいのによく頑張りましたね」 主治医の大倉のその一言で今まで貯めていた隆二の中の母を亡くした悲しみや 美樹への不安、今後の不安が一気におしよせ隆二は力いっぱい泣いた、、、
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