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それからしばらくアキコさんの部屋に行けない日が続いた。塾の振替授業が最後のコマに入ったので帰るときはお母さんが迎えに来たのだ。学校帰りに立ち寄る時間もなく、ぼくは苛立ちながらも「ふたご座流星群」を見るため勉強に勤しんだ。
日曜日、ようやく開放されたぼくはアキコさんの部屋に向かった。このところベランダから天体望遠鏡が見えなかったので風邪を引いたりしてないか心配だった。
アキコさんの家から見知らぬ男性が出てきた。なぜかアキコさんのイスを抱えている。続いてもう一人、作業用の服を着た男性が書棚を担いできた。
早鐘のようになる心臓を押さえながら、部屋の中に割って入る。「あっコラ!」と呼び止められたがおかまいなしに靴を脱いだ。
小さなテーブルがなくなっていた。一緒に座ったイスも、コーヒーを入れてくれたマグカップも、何もかもなくなっていた。
段ボールが散乱したリビングで突っ立っていると作業していたお兄さんが声をかけてきた。
「君、金森さんの知り合い?」
「……アキコさん?」
「そう、金森暁子さん。親戚の子かな」
「アキコさんどこ行っちゃったんですか!」
そう食ってかかると「そんなの知らないよ」とお兄さんは戸惑った。ぼくは胸が破裂しそうになるのをこらえながらベランダにとび出す。
あの天体望遠鏡たちは姿を消していた。靴下のまま冷えたベランダに出てあたりを見渡した。人気のない団地に寒々とした風が吹いている。
どうして黙って行っちゃったんだろうと悲しくなりながら部屋に戻ろうとしたとき、三脚の上に双眼鏡が置かれていることに気づいた。そっと手に取ると、その下に白い紙が置かれていた。
「コウキへ」
ぼくがもらっていいのかな、と思いながらそっと紙をポケットに入れた。きっちりと蓋をされた双眼鏡を見つめると、つなぎ目のところに白いペンで書かれた文字があった。
『Koki』
書かれてからずいぶん経っているのか白い文字は汚れてかすれていた。ぼくのためにアキコさんが書いたわけではないみたいだ。
あ、と思って部屋にかけ込んだ。雑誌が詰め込まれた段ボールをあさって例の科学雑誌とはまた別の雑誌を探す。作業の人に怒られながら何冊もめくってようやくフリガナのついた雑誌を見つけた。
「奇跡の大発見 K大学教授 佐多崇基」
手にした双眼鏡を裏返して「Koki」の文字を見つめた。これはこの人の物だったんだ、もしかするとぼくが使った屈折式天体望遠鏡もそうだったのかもしれない。
作業員の人に首根っこをつかまれたのであわてて双眼鏡をふところにしまった。まぶたが燃えるみたいに熱くなるのを感じながら部屋を飛び出す。
アキコさんが住んでいた棟を遠く離れたところから見た。双眼鏡を使っているのに視界はぼやけてよく見えなかった。あふれ出す涙をのどの奥に流し込んで、何もないベランダをただずっと見ていた。
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