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それから猛勉強に取り組んだ。冬休み明けには「Bクラス」になり、希望の中学へ進学することができた。団地は全棟の建て替え工事が行われ、ぼくが住んでいた家もアキコさんの家も、元はどこにあったのかわからないくらい近代的な高層マンションへ姿を変えた。
大学四回生になった僕はベランダで星空を見上げていた。アルバイトで貯めた金で天体望遠鏡を買い、晴れた日はベランダに出て天体観測をしている。格好つけてタバコをふかし、親にはタバコを吸うために天体観測とか言ってるんじゃないかと嫌味を言われている。
夏の夜空はどこまでも澄みわたり、ずいぶんと都会になってしまったこの街を明るく照らしている。
僕は手に持った紙切れを信じられない気持ちで見つめた。有名な天体観測所からの採用通知だった。春から大学院に進学するのでアルバイトだけれど受かっただけで奇跡だった。
そこは昔「佐多嵩基」教授が所属していた施設でもある。おかしな偶然があるものだと思いながら例の双眼鏡をのぞこうとした。
「あの光が見えるかい?」
ベランダの下から女性の声がした。くわえていたタバコを落としそうになって、あわててベランダの柵から身を乗り出した。
「よお少年、でかくなったな」
ショートカットにしたその人は、間違いなくアキコさんだった。サイズの合わない大きなTシャツに穴の開いたジーンズ、大きなバックパックと手には巨大なハードケースを下げていた。あれはおそらく天体望遠鏡のケースだ――
「今までどこ行ってたんですか!」
変わらない立ち姿に動転しながら叫ぶと、彼女は「声がデカいよ」と人差し指を口に当てた。それから指で丸を作って片目でのぞきこむ。
「私には見えるなあ、光り輝く少年が。皆を惹きつけてやまない天体のようだね」
僕のことだと思うと胸が熱くなった。と同時に、金星と土星が最接近した夜のことを思い出した。あとから気づいたのだけれど、あの金星はアキコさん、土星は佐多教授を意味していた。僕はそのことを知らず、勝手に天体観測に参加して、隣にアキコさんがいることを勝手に喜んでいた。
すぐ隣にいるアキコさんの本当の気持ちを知らずに――
あの頃の淡い感情を思い出しながら彼女に向かって叫ぶ。
「そこから動かないで下さいね!」
返事も聞かず、僕は家をとび出した。手に持っていた白い紙はベランダから落ちたけれど今はどうでもよかった。アキコさんが黙っていなくなったことも、佐多教授の双眼鏡のことも――
目の前にアキコさんがいる。息を切らしてかけよると、白い紙を拾い上げ、目元をくしゃっとして笑った。
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