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第12話 卑陋なるかなザムザ
「お前ね! お前が我が国の兵の弓の弦を切断しまくった犯人ね! レンジャー、ザムザッ!!」
「ぐ、ぐ……!」
痛みに耐えながら、オレは相手を睨み返す。
し、しかしこの女、なんてやつだ!
オレの犬歯を折るためにいきなりキスをしてきたっていうのか!?
このオレの、鍛え抜かれた歯を、自分の歯で噛み折ったっていうのかよ!?
「こ、こんなこと……よくも……」
「よくも出来たもんだ、と言いたいのかしら。私は魔術の天才よ。歯を強化したに決まってるじゃない、ふふふ」
「ぐ……」
さすがに、歯を折られたダメージは半端じゃない。視界が涙でぐにゃりと歪んだ。
だがそれでもオレは、ずきずきと痛む口元を押さえながら、ゆっくりと立ち上がった。
「てめえ……よくも……やりや……」
「『よくもやりやがった』のほうだったのね。……その目! ギラギラと怒り狂ったまなざし……。ふん、いよいよ本性を現したわね。やはり間者はお前だったのね! ベールベール王国に依頼されて弓の弦を切ったのね……!」
「違う!」
オレは本心から叫んだ。
「ベールベールの薄汚ねえ獣人どもなんざ、知ったことかい! オレはオレの勝手で弓の弦を切ったんだ!」
これも本音だった。
事実であった。
「オレの勝手? 勝手でどうしてあんなことをするの?」
「お前などに、オレの動機は永遠に分かるまいよ!!」
カノア・アルムガントの華麗な容貌を見ていると、もうそれだけで腸が煮えくり返った。
枝毛ひとつないサラサラの銀髪、長いまつ毛に、匂い立つような美しい瞳、整った鼻立ち、白桃色のくちびる……。
貴様のような美人に、また多少不遇であろうとも、結局は王宮でぬくぬくと生活している姫様なぞに、オレの気持ちが分かってたまるか。
オレの人生を常に蹂躙してきたのは、いつだって嘲弄してきたのは!
貴様のような、裕福で美しい人間だったのだ!
「撃ち放て、光刃!」
カノア・アルムガントが右手を突き出す。
と同時にその手のひらから、光熱の短剣が無数に発射されまくる。
一撃でも食らったら致命傷だ。それが直感で分かった。
さすがは天才魔術師、まともに戦えばオレが勝てる相手ではない。
だからオレはその光刃を見た瞬間、ただちに身を翻して光刃を回避し、
「しゃあッ!」
かけ声と共に、部屋の片隅の机の上に置いてあった毛布を手に取り、振り回した。
毛布の中のホコリが、宙に舞う。
「そんな毛布で、私の魔術は!」
カノア・アルムガントは、今度は両手を前へと突き出した。
光刃の魔術を両手から放とうというのか。
そうなればこの狭い部屋の中、オレには避けようもない。
いよいよ一巻の終わり――
では、なかった。
「う――ぐふッ、げほ!? ごっほ……ごほ、ごほっ……!? な、なに、これ……」
ホコリを吸い込んだカノア・アルムガントはそのまま、地べたに向かって前のめりにぶっ倒れた。
「即効性の毒の粉だ。こんなこともあろうかと、毛布の中に仕込んでおいた」
部屋中に舞っているホコリは、毒の粉だったのだ。
オレの人生は、常に敵対と戦闘の繰り返しだった。
いつ命を狙われるか分からない。だから宿に泊まっているときでも、こんな工夫をするクセがついた。
「そ、そんな……。毒の粉なら、同じ部屋にいるお前は、な、なんで、平気なの……?」
「育ちの差だな。毒を塗られたり毒を盛られたり、あるいは毒と知らずにむしゃぶりついたり、そんな経験ばかり積んできたからな。免疫がついちまった。オレに毒は効かないんだ」
皮肉なもんだ。
かつてこの女の妹を、オレは毒から救った。
それが今度は、まさか。……リーネ姫の姉を、毒で殺すことになるなんてな。
「ふふ……ざまあ……ないわね……」
カノア・アルムガントは育ちに似合わぬ言葉遣いで独りごちた。
「こんな……こんなところで……死ぬなんて……私ほどの天才が……な、情けない……げほっ、げほっ……!」
「…………」
「ぐ……うぐ、……げほ、げほぁ、ゲボッ!!」
カノア・アルムガントは、その口から血を吐き出した。
もはや終わりだ。この女の人生はここで終わる。……殺した。殺してやった。このオレが!
オレはカノア・アルムガントの前に立ち、彼女の17年の短い人生、その末期を見届けようとした――
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年末で異常に多忙なため、次の投稿は25日(水)にいたします。すみませんがよろしくお願いします。
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