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第15話 同盟
「私と手を組むの? 組まないの?」
「…………」
あまりにすさまじいカノアの願望と提案に、さすがのオレも唖然とする。
……しかしわずかに考えてみると、これは確かに魅力的な話だった。
オレのような浮浪児上がりの冒険者が、リーネ姫に近づくことは難しい。
彼女を手に入れようとしても、思いつく方法はせいぜい、先日やろうとしたように、誘拐くらいが関の山だ。
例えば冒険者として成功して名声を得ても、王女と結婚するのは困難だろう。
冒険者はどこまでも平民に過ぎないし、うさんくさい稼業だとも思われている。
だからトップクラスの冒険者でさえ、公爵や子爵などの貴族の娘と結婚したなんて話は聞かない。まして王族と結婚した前例など!
しかし。……リーネ姫の姉であるカノアと手を組めば。
……いまの国王を排し、そして次の国王がカノアになれば。
オレでも、浮浪児上がりの醜いオレでも、あるいは、あるいは! ……いや、しかし――
「……玉座に就いたあんたが、約束を守るって保証がどこにある」
王になった彼女が、もはや用済みとばかりにオレを殺したり、あるいは、同じ王族であるリーネ姫を殺そうとすることは充分に考えられた。
「あら、疑り深いのね」
「当然だ。オレがこれまで、どれだけ他人に痛い目に遭わされてきたと思ってる」
「知らないわよ、そんなこと。……だけど、ふふ、心配には及ばないわ。リーネと私、仲は悪くないし、それにあの子は、私のように魔術の才能があるわけでもなければおつむの出来だって平凡よ。王位継承の権利さえ奪ってしまえば、生かしておいても害はないわ。それに――もし私が約束を違えたら、そのときこそ私を毒殺でもなんでもすればいいでしょう。お前を敵に回すようなマネはしたくないわ。お前ほどの極悪人を」
「それを言えばオレだってそうだ。あんたほどの魔術師、なるべくならもう戦いたくない」
さっきは不意を突いてうまくいったが、もう一度戦ったら負けるかもしれない。
いや、単純に真正面からやりあえば、オレは確実に負けるだろう。
あの獣人たちのように、消し炭にされてしまうだろうな。……おお、怖い怖い。
「……ふふ」
カノアは、悪役そのものの顔付きで微笑した。
「いいじゃない。ウマが合うわ、私たち。……改めて提案するわ、ザムザ。手を組みましょう。お互いの輝かしい未来のために」
「輝かしい、ね……。ふん、国とリーネ姫にとっては不幸な未来になるかもしれんが」
「不幸かしら? 天才であるこの私が王になるのは国にとって幸いよ。リーネだって、お前が幸せにすれば済むことだわ」
「……そうだな。その通りだ」
オレとカノアは、ニタリと笑みを交わし合った。
それでオレたちの同盟は成立した。もはや言葉は要らなかった。
カノア・アルムガント。とんでもない女だが、この女と手を組めば、いや、――利用すれば、オレの欲望は達成に何歩も近付くだろう。――ならば、迷うことはない……!
――そのときだ。
ひゅっ。
……ぱしっ。
カノアがなにかを投げたので、オレはとっさにそれを受け止めた。
……歯、だった。これは、オレの犬歯……。
「返すわ。……魔術で強化したのに、とんでもない硬さだったわよ。やはりお前は、おそろしい男ね」
「初対面の男の歯を食いちぎる女に、言われたくはねえよ」
それで、忘れていた口の中の痛みを思い出した。
……ちくしょう。ズキズキ痛みやがる。気を抜くと気絶しそうな激痛。口内に広がる鉄のにおい。
口元からこぼれる一筋の血液を感じながら、しかしオレは、笑みを引き続きカノアへと向けた。
――おそらくこの国の未来を変えることになる、おぞましいまでの密謀同盟は、いま交わされた。
この密約がオレたちにとって、アルムガント王国にとって、どういう結果になるのか。それはまだ、誰ひとり知る由もない。
数日後。
オレは、カノアの推挙によってアルムガント王国の兵士になっていた。
この国の軍制は、まず一番下に兵士がおり、それらを束ねる兵士長がいて、さらにその上に騎乗が許される騎士がいて、その《ナイト》騎士を率いる将軍がいる。
そして騎士の上には、国家に対して多大なる貢献をした者にだけ許される地位――すなわち聖騎士が存在する。
もっともこの地位を与えられたのは、王国史上に3人しかいない。約1400年前に魔族を滅亡寸前にまで追い込んだ初代聖騎士イーディス・リックロック、約800年前に大陸全土を暴れまわった暴れ竜ネプトを倒した二代目聖騎士ゼノ・パノン、そして150年前の世界大戦で活躍した三代目聖騎士リュナン・ローエンヴェルト……。
いずれも、もはや伝説上の人物といっていい。
なので、聖騎士の地位は、普通に考えたら存在しない階級だと思っていい。
つまりアルムガント王国の軍制は事実上、『将軍>騎士>兵士長>兵士』の順番でエラいので、オレは一番下っ端なのだ。
だが、それでもカノアが言うには、
「先の戦争で兵士が多数戦死して人手不足だから、お前のような身分の人間でも兵士にすることができたのよ。平時だったら、いくら私の推挙でも難しかったわ」
とのことだった。
それはそうだろう。
その事情はオレも知っていた。
下っ端とはいえ城の兵士になるには、身分や素性が定かでないといけない。
オレのように、戸籍さえ存在しない浮浪児上がりの男では、普通ではまず無理なのだ。
だからこそ、リーネ姫を誘拐なんて企んだのだ。正攻法ではとても彼女をものにできないと知っていたから。
ともあれ、カノアの助力もあって、オレはアルムガント王宮内に入り込むことができた。
これならいつでもカノアと打ち合わせができる。リーネ姫と顔を合わせることもできるかもしれない。それが一番胸がときめく事実だったが――
とにかく、賽は投げられたのだ。
オレは動く。リーネ姫を手に入れるために。
そのためなら、どんな汚いことでもやる。
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