第16話 兵士ザムザの日常

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第16話 兵士ザムザの日常

 アルムガント王宮の兵士となったオレは、もちろんまずリーネ姫に会いたかった。  が、この希望は果たせなかった。  兵士としての雑務――武器の手入れや戦闘の稽古や荷物運びなどなんやかんや――  職務が次から次へと与えられ、繁忙であったことがひとつ。  そしてもうひとつは、リーネ姫は王宮の奥深くにある王族の部屋に、多数の女近衛兵によって守られながら過ごしているため、さすがのオレといえどいきなり彼女に会いに行くのは難しかったのだ(まあ、こうなるのが分かっていたからこそ、オレは正攻法ではなく戦争を巻き起こすなんてトンデモ手段によってリーネ姫と添い遂げようとしていたのだが)  といっても、こんな日々の不満を露骨に顔を出すほどオレは愚かではなかったので、表面上、オレは新入り兵士として毎日の職務をこなしていたのだが、そんなある日、兵士宿舎にあるオレの部屋に、カノアからの手紙が届けられていていた。 『リーネのことは、しばらく我慢なさい。  それと今後のことだけど、現在巻き起こっている(というかお前が起こした)ベールベール王国と我が国の戦争、これはおおいに利用したいわ。  例えば戦争中に、父上をどさくさにまぎれて殺すか。あるいはそこまではいかずとも、王宮内には私を嫌っている、いわゆる反カノア派の貴族や騎士、兵士は多いから、そいつらを少しでも殺しておきたいところね。  ……とにかく詳細はまた後日。いずれ機を見て打ち合わせしましょう。  カノア・アルムガント』  手紙は、ご丁寧にも、レンジャーが使う暗号用の文字で書かれてあった。  なるほど、これが読めるのは冒険者のレンジャーとして経験を積んだベテランぐらいだから、万が一、この手紙が城内の誰かに読まれてもいきなりオレたちの陰謀が露見することはないが…… 「にしてもカノアめ、よくこの文字で手紙を書けたな」  ここ数日で勉強したのだろうが、天才の二つ名は伊達じゃないな。  魔術の腕も凄まじいのに、文字まであっさりとマスターするとは、彼女の実力恐るべし、だな。 「しかし――『私を嫌っている貴族や騎士、兵士は多いから』ね……」  これは事実である。  城の中に入って分かったが、カノアは兵士たちから、決して好かれてはいなかった。  なにしろ公式の場にはほとんど出てこず、1日中、城の中に引きこもり。  時たま、騎士たちや兵士たちの修練所に顔を出したかと思うと、しかし騎士たちと雑談ひとつさえまともにせず、ぷいっとまた、どこかへ歩き去ってしまう。いったいなにしにやってきたのか、と騎士たちは首をひねりまくった。  また、仮にも第一王女の身分なのだから、女性近衛兵が常に数人、側に付き従っているのが普通だ。しかしカノアはそれを拒否し、近辺にはひとりの兵もいない。おばさんのメイドが、部屋の掃除と洗濯を担当しているだけである。  ――私になんの護衛が必要なのよ。この城に、私より強い人間がひとりでもいる? 側にいるだけで足手まといだわ。  数年前、カノアは露骨に見下したような口調でそう言って、近衛兵を拒否したらしい。  これには父親であり国王のレイガント・アルムガントも『ならば今後いっさい、カノアのもとには近衛兵はおかずともよい!』と激怒したそうだ。  ただでさえやっかいに思っている妾腹(バスタード)王女(プリンセス)自儘(じまま)なセリフを口にしたことに、いよいよ立腹したのだろう。親子仲はいっそう悪くなった。  そして近衛兵側も――こうまで言われて、気持ちいい人間はいない。近衛兵団はカノアを露骨に嫌っている。守ろうとする様子は見せない。  そりゃ仮にも王女なので、兵士たちも王宮内で顔を合わせれば『挨拶』や『敬礼』くらいはするのだが、カノアはその礼を見ても『無視』する始末。――なんだあのひとは。姫様だからって威張るなよ。妾腹(バスタード)のくせに。リーネ姫様はいつもあいさつをしてくれるぞ。それに比べてあの姉は――城の中の評判は、ひたすら下がるいっぽうである。  彼女に王位継承権が無いことや、周囲から賞賛や肯定の声があがらないのは、母親の身分のこともあろうが、こういう彼女の性格も災いしている気がしてならない。  ……ところで、そんなカノアが、初めて人物を『推挙』して兵士にした。  すなわちこのオレのことだが、オレが兵士として王宮に入った直後、城の中は、うわさでもちきりになったらしい。 「今度、新しく入った兵士はもしかして、カノア様の男なのか?」 「きっと、そうだぜ。そうでなきゃ、あのカノア様が推挙なんてするもんか」 「カノア様は変わったお方だが、美人だからな。相手の男も、よほど美男子に違いない」  戦争直後だというのに、いやむしろ戦争直後だからこそ、色恋沙汰のゴシップは城内を駆け巡る。  誰もが新入り兵士とカノア姫が、カップルなのかどうか、その話題について喋りまくった。  が、そのうわさは数日で立ち消えた。  誰もが、オレの顔を見た瞬間、思ったらしい。 「ああ、こりゃカノア様の男じゃねえな」  ――いくらなんでも醜すぎる。なんだよ、あの顔のヤケドのあとは。笑い方もなんだか不気味だ。いくらカノア様でもあんな男と交際したりはしないだろう……。  城務めの兵士たちや下女たちは、そう言って笑い合った。  アンチ・カノアの多いアルムガント王宮だが、彼女の美貌だけは誰もが認めるところであった。  ……あの新入りのヤケド兵士はいくらなんでも、美しい姫様(カノア)にふさわしくない! おおかた、魔術の実験のために雇った男かなにかだろう。国王陛下も、最初はさすがに「カノアの男か?」と思ったらしいが、新入りのあまりの醜さを見て「あれはさすがに選ばぬだろう」とニヤニヤお笑いになったらしい……。  それはオレにとって、あまり面白い噂ではなかったし、耳に入ってくるたびに、ひそかに心の中では青筋を立てていたのだが――  しかしオレは耐えた。  ここは我慢のしどころだと思った。  オレの最終目的であるリーネ姫との結婚のためなら、多少の噂や雑言などは辛抱、辛抱、また辛抱だ。  ところでオレの直属の上司である、20代の兵士長ザムジア・オルドルカなどは、短い黒髪が良く似合う美男子で、智恵も回り、それでいてなかなかガタイのいい人物だったが、 「おい、ヤケド!」  と、常にオレを罵倒めいた口調で呼んでは、 「武器の手入れをきちんとやれ。これは新人の仕事だ! ……ああ、馬鹿、そうじゃない! まったくカノア姫の推挙だからといっていい気になるなよ。くそ、この程度の仕事もできないブサイクなヤケドのろくでなしを、どうしてあの変わり姫は推挙したんだか……!!」  などと、オレのみならずカノアの悪口をでかい声で言うこともはばからない人物だった。オレはそれでも「はい、誠に申し訳ございません」とぺこぺこしながら言うことを聞いた。  数日後、兵士長オルドルカは死んだ。  食事をのどに詰まらせたのだ。  兵士長としては少し情けない死因で、彼は兵士たちの間でひそかに「あの死に方はないよな」と笑いものにされていた。  オレは、しかし顔を伏せて、彼らの悪口には参加しなかった。  だって参加したら、オレの顔色を見て、ふっと勘づく者が出てくるかもしれないからな。  兵士長オルドルカの食事の中に、無味無臭で、のどの器官を麻痺させるような毒を仕込んだのは、このオレなのだから。
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