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オト様の悩み
お疲れでしょうからと、部屋に通されてくつろぐようにと言われたけど、生まれてこの方、こんな豪華な部屋に入ったことはない。なにしろ広くて部屋の端から端まで行くのに10歩以上って、もう庶民のレベルじゃないから逆に落ち着かない。
高級な超一流のホテルのロビーより広いんじゃない?そんなところ、行ったことがないから知らないけど。まあそれくらい広いきれい豪華って雰囲気の部屋ってこと。
ふかふかのソファに座るとずぶずぶ沈むんじゃないかくらいの柔らかさで、逆にびっくりしてくつろぐどころじゃないし。お風呂やベッドはどこなのかなあと探してみると、お風呂はさすが竜宮城だけあって大きな貝殻にお湯がたっぷりとタツノオトシゴの口から注がれている。源泉かけ流しってやつ?でもここも真珠光沢っていうのか、キラキラピカピカしていて目がくらみそう。お風呂も後にしよう。
ベッドは風呂場の反対側のドアを開けるとあった。あったけど、どう見てもおとぎ話のお姫様用って感じ。私がここに寝てもいいんだろうか。貧乏性ってわけじゃないと思ってたけど、自分が「庶民」なんだというのを思い知らされる感じ。でも興味はあるので、ベッドの周りの薄いカーテンみたいなのをめくってみる。
枕が一杯積みあがっていて、布団は見るからに軽くてふわふわな感じ。手触りも、いつもの布団なんかとは違う。シルクの手触り?つるつるピカピカな布だけど冷たくは感じない。透き通るような青い色なのに、暖かさを感じる色と言ったらいいのか、しかもなんとなくくつろぐような香りも漂っている。
ふわっとめくってみるとさざ波のような模様が浮き上がるのが竜宮っぽい。ところが、めくってみたらなんということか先客が丸くなって寝ているじゃない。まさかの展開っていうか、一体どういうこと?
つやつやの黒髪の女の子が何かを抱え込むようにして、熟睡中。日本人には思えない顔立ちで、エプロンドレスの姿。
まさかね・・・。この子、ひょっとして「アリス」??いや、日本の昔話で手一杯なのに今度はイギリスのファンタジーまで混ざってくるなんでキャパシティ・オーバーもいいところなんですけど。
「うーらーしーまーさーん♪お茶、おもちしましたー。」
のんきな声で入ってきたのは、カメだった。
「ここに置いておきますよー。」
ソファの前にあったテーブルにカチャカチャ音をさせてティーポットとカップを置いて出ていこうとするカメを引き留める。
「あ、ちょっ、ちょっとまってっっ。」
「なんですか。一体。」
「何ですかって聞きたいのはこっちの方よっっ。この子、一体なに?」
「あっ、こんなところにいたんだ。オト様に言わないとっっ。」
カメはベッドの女の子をみると私の質問はスルーしたまま、あたふたと出て行ってしまった。
「カメーー、もーー、ちょっとは私の質問に答えてから行けよぉっ。」
全く役に立たないっていうか、厄介ごとのほうにしか私を連れて行かないやつだな、あのカメっっ。
そんなに大声を出したつもりはなかったけど、ベッドの少女が身動きをした。
「あー、よく寝たー。お茶の時間なのね。あら、おねえさんは人間?ここのお魚さんたちとは違う人ね。」
女の子が起きてきたようだったので本人に聞くしかない。っていうか、そっちの方が手っ取り早い。
「私はウラノシマコっていうの。カメにここに連れてこられたんだけど、あなたは?」
「わたしは、アリス。カメに連れられてきたわけじゃないんだけど。ネコを探しに来たの。」
「ネコを探しに?」
「そう。大事な猫なの。この箱に入ってるわ。」
「その箱って、まさか玉手箱じゃ・・・」
「なんかここの人はそんなことを言ってたけど、違うの。猫の入った箱なの、これは。」
「えーと・・・アリスちゃん。あなたのネコってチェシャ猫のこと?」
「ううん、あれは箱になんかはいらないし。入っても出て行っちゃう。にやにや笑いだけ残してね。」
ああ、この子って本物のアリスかも。
「ここに入ってるのはね、シュレジンガーさんのネコなの。開けちゃいけない箱に入ってるから間違いないの。」
は?シュレジンガーさんのネコって、あのシュレジンガーのネコのことかな。アリスの時代と合わないんだけど。そんなことを言ったら、だいたい私とアリスだって時代があってないし、いいのか?
「オト様っ、こちらですっっ。ここにあの子がっ。」
「探しましたよ、まさかこんなところにいらっしゃるとは。」
「探していたのはこの箱でしょ。わかってるんだから。」
「それは玉手箱といって、開けてはいけない箱なんですよ。」
「知ってる。開けちゃいけない箱だって。だから、シュレジンガーさんのところに持っていくの。」
ため息をつくオト様。
「何度も言いますけど、その中にはネコは入ってません。」
「どうしてわかるの?開けちゃいけない箱なのに。」
「ウラノシマコ様、この子に言ってやってくれませんか。ここにはネコはいないし、その箱の中にも入っていないと。」
「あのー、話がよく見えないんだけど・・・。だいたい、開けちゃいけない箱は、浦島太郎が持って行って開けちゃったんでしょ。だったら、これは違う箱のはず。」
「それが『玉手箱』は必ず存在することになっているのです。開けられてしまった瞬間に、それは『玉手箱』ではなくなるので開けてはいけない箱として新たな『玉手箱』が現れるのです。」
「そんなことわかんないー。とにかく、これは開けちゃいけない箱なのよね?」
「そうです。」
「じゃあ、シュレジンガーさんに持っていくわ。」
「それは困ります。」
押し問答を聞いていても、なにがなんだかわからない。「開けたら玉手箱じゃなくなる」でも「玉手箱は常に存在する」。そういうことらしいけど、アリスは「玉手箱にはネコが入っている」というし、オト様は「ネコは入ってない」という。
開けちゃいけない箱にネコが入っているかどうか、どうやったらわかるか。ふたは開けたらいけない。開けなきゃいいんだよね。
「わかった。その箱にネコが入ってるかどうかわかればいいのよね。」
「そうよ。」
「そうです。」
「シュレジンガーさんにはネコを持っていけばいいの?」
「ううん、箱に入ったネコをもっていかないといけないの。」
あっちゃあ、箱入りネコがいるのか。箱をぶち壊せばいいかと思ったんだけど、そうはいかないのか。
「ウラシマさん、箱を壊そうって思ってたんじゃないですか?その箱は壊れないから無駄ですよ。」
オト様も追い打ちをかけてくる。必ず存在するならぶち壊したっていいと思ったんだけどなあ。そんな簡単にはいかないのか。面倒くさいなあ。
「じゃあ箱に入ったネコならなんでもいいの?」
今度はアリスに聞いてみる。
「開けちゃいけない箱に入ってるネコならね。」
うーん、なるほど・・・。
「オト様、ちょっと。」
こそこそとオト様に耳打ちをする。
「なるほど。ほかの箱を渡せと。ネコ入りで。しかし、ここにはネコはいないんですよ。あいにくと。」
「そこをなんとか。それでうまくいくじゃない。ネコの入った箱さえあれば。」
「そういわれても・・・。ネコザメくらいですから、海にいるのは。」
「それでいいから、同じような箱あるんでしょ?用意して。」
「実はああいう箱はないのです。なにしろ、ここは海ですから。だからあの箱というのは特別なんです。」
箱がないなんて。竜宮城には何でもあると思ったのに。
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