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チェシャ猫の笑いは夜空に
「うぁぁぁぁぁ・・・・」
叫びすぎて喉がカラカラになったころ、ようやく足が地面についているのに気が付いた。目を開けてみるとどうやら海辺のようだ。アリスちゃんがあきれたような顔をしてみていた。
「おねえさん、叫びすぎ。鏡の国の女王様だって、そんなに叫んでなかったと思うわ。」
「あ、ご、ごめんなさい・・・」
声がカスカスで、さらに恥ずかしい。鏡の国の女王様が叫ぶのって、予言をしたシーンだっけ。「もうじきブローチが外れて指を刺してしまう」といって叫びだしたんじゃなかったかな。あれはオーバーだなと思ってたけど、あれよりすごい声で叫んでたんだ。我ながら叫びすぎと思う。しかも大好きなアリスちゃんの前で。
「わたし、ここでシュレジンガーさんと待ち合わせなの。おねえさんのおかげで箱を渡せるわ。ありがとう。」
「いえ、その・・・どういたしまして。」
アリスちゃんは髪を結んでいた綺麗なリボンを外して私の腕にくるくるっと巻き付けて結んでくれた。
「お礼になるものを何も持ってなくて。これ、おねえさんにあげる。」
「あ、いいの?ありがとう。」
カスカスのハスキーボイスでなんとか答える。
「もうじきチェシャブルーの月が出てくるわ。おねえさんは、その月に向かって帰りたいところと時間を願えば帰れるから。」
「ほんと?わかった。やってみる。そうだ、あの呪文って何?不思議の国のアリスに出てきたのに似てるけど違うよね。」
「ああ、あれはねドジソンさんと二人の秘密の呪文なの。」
「ドジソンさんってルイス・キャロルの本名のチャールズ・ラトウィッジ・ドジソン?」
「そうそう。おねえさん、よく知ってるのね。そのドジソンさん。大学で数学を教えている先生なの。だから本の中の替え歌より『パイ』のほうがお気に入りなのよね。」
「パイ・・・ああ円周率の。なるほど。」
「本に書くときに変えたんですって。数学が苦手な人が多いからって。」
「そうなんだ。」
さっきまで、まだ薄明るかった空がだんだんと暗くなってきた。黄色い砂浜に打ち寄せる波が段々と遠ざかっている。干潮のようだ。波の音を聞きながら、アリスちゃんと二人で砂浜に座っていると、月が見えてきた。
「ほら、おねえさん。あれがチェシャブルーの月。ね、ちょっとチーズみたいでしょ、お月さまって。」
なるほど、ちょっと黄色くてチーズみたいに見える。
「チェシャブルーってチーズの名前なのよね。」
「そうなの。お月さまってチーズでできているってお母さまが言ってたわ。」
くすくす笑いながらアリスちゃんが言った。
「さあ、そろそろお別れの時間だわ。おねえさん、お家に帰らないと。」
「そうね。アリスちゃん、ありがとう。」
そういって私は自分の部屋と戻りたい時間を思い浮かべて月をじっと眺めているうちに、月はだんだんと大きくなってきて、チェシャ猫がにやにや笑っているような影が見えたような気がした。
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