カメが来た

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カメが来た

ブルーチェシャーに限らないが、チーズは苦手だ。流行りのチーズティなんていうものがあるらしいが、名前でどん引き。ふつーの紅茶がいい。 今日は大好きなファンタジーのキャラクターの「アリスとチェシャ猫」のカップが来る日。宅配便の来るのを、いまかいまかと待っている。 ピンポーン、ピンポーン。 おっと来た来た。 「ウラノさーん、お届け物です。ハンコおねがいしまーす。」 インターホンの画面を見ると宅配便のようだが、あんまり見たことのない緑色の制服にバックパックのようなものを担いでいる男が立っていた。新しい業者だろうか。自転車便とかバイク便のようなものかもしれない。都会でもないこの辺で見たことはないんだけど・・・。 「ウラノシマコさんですね?ここにハンコをお願いします。」 うけとった箱はひんやりと冷たかった。クール便のはずはないけど。 「それじゃ、確かにお渡ししましたよ。」 「ご苦労様。」 さっさと帰っていく宅配便の人の足音がぴしゃぴしゃと聞こえたような気がしたけど、雨でも降ってたかな。ここしばらく晴れていたから水たまりがあるはずもないし。 私の名前は浦野志麻子。お察しの通り、たいていの人からは「ウラシマ」と呼ばれる。全くなんでこんな名前を付けてくれたんだか、親の顔が見たい・・・って自分の親だけど。 小さいころから何かと「カメを助けると竜宮城にいけるぞ。」って周りから必ず言われてきた。だからカメなんか大っ嫌い。 目の前に瀕死のカメがいたとしても、絶対に助けない。助けてたまるか。 だいたい竜宮城にいってどーするの?乙姫がどんなに美人だとしても、女同士じゃん。惚れた晴れたになるわけもない。おまけにお土産に持たされる箱は「開封厳禁」だし。意味が分かんない。しかも開けたら一気に年を取るなんて、イヤガラセにもほどがある。乙姫って、相当性格悪いとおもうんだけど。美人なら何でも許されるっていうのが古今東西のルール?かんべんしてほしいわ。 そんな風に日本の昔話でさんざんいじられて育ったから、日本の昔話なんか聞きたくないというこじれた人間に育ったわけ。私のお気に入りはルイス・キャロルの「アリス」。 ルイス・キャロルが、本名はチャールズ・ラトウィッジ・ドジソンという大学で数学を教えていた先生ということや、彼のパズルのようなクイズのような数学の著作まで読んでしまうという具合に沼にはまってる。 そのおかげで「数学」を嫌いにならずに済んだ。アリスちゃん、ありがとう。そんなに成績が良かったわけじゃないけどね。 どうしても原文で読みたくて英語もがんばった。っていっても、アリスもそうだけど、ルイス・キャロルって駄洒落が多い。英語のダジャレだから日本語に訳してある本が頭にしっかり入ってて、なんとか理解できる感じかも。訳す人、すごいって思ったなあ。 そんなことを思いながらバリバリっと雑に外側の紙を破ってみると、なんと中身はカメ。 「ウラシマさーーん、助けてーーー。」 箱から飛び出すように出てきたかと思うと、なんと喋った。もぉその時点で箱を放り投げていたから、カメは床の上に転がってじたばたしている。 「た、たすけてーー。」 これは、夢か? 宅配便を受け取って箱を開けたらカメが出てきて喋った。うん、夢だね。間違いない。じゃあ、放っておこう。 「ウラシマさーーん、ウラシマさーーん。助けてくださいよぉ。」 「うるさいなあ、私はウラシマじゃないっっ。浦野志麻子っっ。アンタの言ってるのは浦島太郎でしょ。だいたい私は男じゃないしっっ。」 「そーそー、ウラノシマコさんっっ。そうともいう。」 なんかいい加減なやつだな。 「いいから助けてくださいよぉ。お礼しますからー。」 「お断り。どうせ竜宮城にご招待っていうんでしょ?それで戻ってきたら300年後ってありえないし。とにかく!はやく出て行って。関わり合いになるのはまっぴら。」 ひっくりかえってじたばたしているカメは、ヒレで床を叩いているうちにじりじり近づいてきた。長い棒かほうきでもあれば、突っついて玄関の外に放り出してやるんだけど、あいにくとそんな手ごろなものはない。 せいぜい手のひらサイズのカメなんだけど、ゴキブリなら叩いて燃えるゴミに捨ててやるところ。さすがにカメをスリッパで叩くのはねぇ。万一、叩き潰れてもなんかイヤだし。ゴキブリは罪悪感ゼロだけどカメだとちょっとなあ・・・。 そんなことを思っているうちにもカメは、少しずつ近づいてくるので仕方なく足を延ばして、玄関のほうに蹴ってやろうとした。こういう時、床がフローリングだとスーーっとうまく滑っていきそうな気がする。
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