遺伝子の逆襲

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「私もあなたと同じよ。歴史の授業でダンセイという生き物の存在を知って、私たちヒトについて興味が湧いたの」 「お姉様、どんな研究をしているのか私にも教えてよ。私も知りたいわ」 「まぁ。やっぱり姉妹なのかしらね。いいわ。私が研究しているのはダンセイが絶滅した本当の理由よ」 「え? ダンセイはジョセイよりも病気に弱かったんでしょ?それが理由じゃないの?」 「そうね。それから、ダンセイが産まれるために必要な物質にY染色体というものがあるのだけど、長い時をかけて自然と減少していったというような文献もあるわ。そもそも、まだヒトが2種類いた頃には、人体に有害な化学物質もたくさんあって、それらの人間の生殖機能の減退との関連性も指摘されていた。 そういった複合的な理由で、ダンセイは絶滅していったと推測しているの」 「じゃあ、それがお姉様の研究の答えなのね」  私がそう言うと、お姉様はどこかいたずらっぽい目で微笑んで首を振った。 「いいえ、その理論だと、ダンセイが滅びるのは、もっと何万年もあとになるという計算だったはずなの。それなのに、実際にはもっともっと早くに絶滅した」 「どうしてかしら。ダンセイにだけ猛威をふるう毒とかが流行ったりして!」  私が、この前読んだパニックホラーの本から得た浅はかな仮説を披露すると、お姉様は少しもバカにした様子を見せずにコロコロと笑った。 「ふふ、面白いわね。……でも、あながち外れてもいないと思っているのよ」  私ったら惜しかった?  そんな得意顔でお姉様を見ると、お姉様はどこか真剣な顔で遠くの方を見つめていた。  そんな表情をあまり見たことがなくて、私はちょっとドキっとしてしまった。 「全ての生物の中には細胞があることは知ってるわね? 当然ヒトも無数の細胞の集合体よ。細胞の中にはDNAという遺伝子が含まれていて、私もあなたも、お母様やご先祖様の遺伝子情報を引き継いで産まれてきているの。身体の特徴とか、性質なんかをね。例えば私たちのこの髪の色とか」  そう言うとお姉様はサラサラとした黒色の髪の毛を一房掴んでみせた。  私も当然同じ色。お母様も。ご先祖様もみんなそうだったのね。 「一般的に遺伝するものと言われているのは、身体的特徴や病気、性格なんかも一部はそうと言われてるわね。でも、人の記憶。これだけは受け継がれないというのが定説よ」 「私、知ってる。記憶という作業は脳が司るのよ」 「そう。人間の記憶の蓄積は脳でされる。だからその人が死んだらおしまい。その記憶は永遠に封印される。……でも、本当にそうなのかしら」  お姉様はほんの少し声を低くした。 「お姉様?」  私がどうしたのかと問いかけると、お姉様はハッと気づいたようにいつもの優しい笑顔を見せた。 「……知ってる? まだダンセイとジョセイが存在していた頃は、ジョセイはとっても虐げられた存在だったんですって」  お姉様は、おとぎ話を聞かせるようにそう言った。 「そうなの? なぜ?」 「さぁね、分からないわ。でも、大昔は力の強さや武力がモノを言う時代だったから、身体構造的に優位だったダンセイがそのまま力を持ったんじゃないかしら。ジョセイは長い間、ダンセイの命令に従うもので子供を産む道具だと認識されていた時期もあるの」 「……ひどいわ」 「そうね。その後、何百年何千年とかけて少しずつジョセイの立場は向上してきたわ。ジョセイがきちんとした教育を受けられるようになったり、好きな職業を選べるようになったり」 「? 大昔は勉強もさせてもらえなかったの?」 「そうよ。昔のジョセイは家にいて家事育児をするものだったから、勉強は不要だとされていたの。外に出て職に就くことを制限されていた時代もあったのよ」  私はとても驚いた。  だって、私はまだ学校へ行っていない頃から家事はその家に住む全員でやるべきものだと教えられてきたし、片付けや掃除の仕方はマナーの一環として幼稚園で教えられてきたのだ。  昔は違ったのだろうか。  お姉様の話は、もうおとぎ話だったとしても私の理解を超えていた。  勉強をしなくてよいのは、ちょっぴり羨ましいとも思ったけれど。
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