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今日も眠ってしまいそうに気持ちの良い麗らかなお天気。
さらさらと湿度のない空気に優しく身体を包み込むそよ風。日差しも間接照明みたいに柔らかい午後のひととき。
私とお姉様はお庭でそれぞれ思い思いにくつろぎの時間を過ごしている。
私たち姉妹の毎日の日課。
雨さえ降らなければいつだってこの素敵なお庭でお茶を飲んだりおしゃべりしたり、のんびりと過ごすのだ。もっとも、雨が降ることなんて滅多にないのだけれども。
赤やピンクや紫に咲き乱れる花々に取り囲まれるように立つ、丸い屋根の東屋が私たちの定位置。
私はそこに寝そべりながら本を読むのが大好きなのだ。
「お姉様、読めない字があるわ。これはなんと読むの?」
「どれ? まぁ、あなた古典なんて読んでいるの? あなたくらいの年頃だったらもっと流行りの本を選んだらいいのに」
「そういうのはもう読み尽くしたわ。それに、なんだか同じような話ばっかりでつまらないの。で? これはなんという字なの?」
「これは”オス”と読むのよ。今はもう使われない言葉。学校で”ダンセイ”のことについて勉強したでしょ。それの同義語よ」
「あぁ、ダンセイのことなのね」
ダンセイについては歴史の授業で学んだことがある。
その昔、ヒトには2種類いたらしい。ダンセイとジョセイと。
ダンセイには他に色々な表現があって、オトコとか、お姉様が言ったオスなんていうのもきっとそういったものの一つなのだろう。
その時代で言うと、私たちはジョセイということになるのだけど、今やそんな風に表現する人は誰もいない。
だって、私が生まれた時からヒトは私たち1種類だったし、ダンセイは何千年も前にいなくなったのだと聞いた。
もっと言うと、生物学的にはダンセイでも心はジョセイというようなパターンもある?らしく、当時のヒトというのはとっても複雑な生き物だったようだ。
私が今読んでいる本は、まだダンセイが存在していた頃の娯楽小説らしい。
ダンセイとジョセイが激しい恋愛の果てに死に別れる物語なのだが、言葉もその当時の文化もどうにも私には難解だった。
この物語には多くのカップルが登場するのだけど、その組み合わせの全てがダンセイとジョセイなのだ。
ジョセイとジョセイ、ダンセイとダンセイの組み合わせはこの時はなかったのかしら?
私たちの恋愛といったら当然ジョセイ同士になるわけだから、何とも感情移入しにくい。
それに、何より分からない言葉や言い回しが多すぎる。もっと真面目に古文の授業を受けておくんだったと思う。
「お姉様、ダンセイという生き物は不思議ね。この本を読んでいると、ダンセイというのは強い生き物だったみたいに見えるわ」
「そうね。生物の授業で習ったかしら。ダンセイは私たちに比べて身長も高かったし、筋肉もとても発達していたの。大昔は文明が発達していなかったから、ダンセイが獣を狩って食料にして、ジョセイは生活を守る。そういう役割分担をしていたのですって」
お姉様は優雅なしぐさでお茶を飲みながらそう言った。
さすがお姉様だ。教師として教壇に立つ一方で、人類学の研究も続けている博識なのだ。
「私たちよりも背がうんと高くて力も強いだなんて、想像もつかないわ。ねえお姉様。そんなに強いのにどうしてダンセイは滅んでしまったの?」
お姉様は複雑な装飾の入ったティーカップをテーブルに置いてニコリとほほ笑んだ。
「ダンセイというのは、元々生物学的に淘汰されやすい生き物だったようね。病気にもなりやすかったし、寿命もジョセイよりも短かったのよ」
「へぇ。なぜかしら」
「身体がジョセイよりも大きかったから消費エネルギーがより必要だったとか、ジョセイに比べて皮下脂肪が少ないから飢えに対応できなかったとか、色々説はあったみたいね。今となってはもう確認のしようもないけれど」
「ふーん、私たちとは見た目も特徴も全く違うヒトが存在していたなんて、おとぎ話みたいね」
私は寝転がりながら自分の右手をまじまじと見つめ、それからお姉様へと目を向ける。
ずっと知りたかったことを聞く、今がチャンスな気がした。
「お姉様はどうして人類学の研究をしようと思ったの?」
お姉様は少し首をかしげてまた微笑んだ。長くてサラサラの髪の毛が数本そよ風と共に舞う。
そんな品の良い仕草がとても美しい、私の自慢のお姉様。
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