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第一章 境内の桜
今日は午後からの出勤。お義父様、お義母様、喜一さん、そして高校へと通い始めた義顕を送り出して、家事を務めてから水天宮へ向かう。
私はお義母様と週替わりで朝番、昼番を交代しながら、ずっと水天宮でのお務めを続けている。
これも「神職の妻」となった当然の宿命。まあ、昔からデキが悪かった私は、この水天宮── 喜一さん一家に拾ってもらったも同然だし、それに私もこの仕事を気に入っているし。
昔、何十年も純和風な生活を送っていたものだから。どこか下界から隔離されたような、この丘の上の水天宮はとても居心地が良い。
エレベーターのドアが開き、目の前に神社の境内が広がる。前はね、ちゃんと正面の石段を昇って出勤していたのよ。でもね。この歳になると…… いろいろあるのよ。
エレベーターから一歩、境内に足を進めると。一様の風が私に纏わり付くようにしてから過ぎ去って行く──
毎日そう。どんなに無風の日でもエレベーターから降りると、まるで私を待ち構えていたかのように風が吹く。
今日はそれに、淡い色の桜の花弁が混じる。この丘の上の境内── エレベーターのすぐ横に一本だけ、それは立派な桜の樹がある。
桜って虫や病気にとても弱いらしく。あまり長生きせずに枯れてしまうらしいのですけど。この樹はもうン百年もここで生き続け、そして毎年綺麗な花を咲かせてくれる。
まわりの桜より花持ちが良いみたいで。下界の花はもう全て散ってしまっているのに、この樹にだけはまだ花が咲いている。
そう。義顕が入学を許された、ここから一番近い公立の高校に通い始めても、なお。
そんな桜吹雪の境内を横切り、私は社務所へと向かう。お義母様や他の巫女達に挨拶をして更衣室に向かうと、足元に言仁くんがやって来た。
「祥恵ぇ、昨日は義顕が来なかったが、今日は来るかのぅ……」
言仁くんはこの水天宮に祀られている、神様である安徳帝。現代に伝わる史実では関門海峡にある壇ノ浦という場所で、源氏の攻撃に成す術をなくした平家一門とともに入水したとされる人物。
ええ、「現代に伝わる史実」ではね。でも本当は違うの。
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