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「祥恵さん…… 間違いなく九郎殿は、ここにいるんだよね」
桜の樹の根元あたりを見渡しながら喜一さんが言うので、私は黙って頷く。
「義顕…… 視えないのかい?」
その問いに、義顕は私の真似をするようにして頷く。
「我が愚息のことも心配ですが、まずは…… 九郎殿。たいへんお久しゅうございます。
妻より九郎殿がここに住まいていることをお聞きし、いずれご挨拶をと思ってはおりましたが。
なにぶん、この不肖喜三太は殿の姿を視ることができない身。なにぶんご容赦くださいませ」
喜一さんは視えない相手に向かって、深々とお辞儀をする。
「挨拶はいい、喜三太。それより義顕のことだ」
「…… それより義顕のことですって」
九郎の声も届いてはいないでしょうから。私がそれを喜一さんに伝える。
「橘似、主上達は?主上や建礼門院どのならば、姿を視れるのでは?」
そっか。九郎に言われて私は叫ぶ。
「徳子ちゃん!言仁くん!いたらここまで来て!」
やがて目の前に青白い霧のようなものが現れ、それが濃くなって行ったかと思うと、徐々に人間の姿に形を変える。
「なんじゃ、祥恵。騒々しい」
現れた徳子ちゃんが不貞腐れながら言う。
「おう!義顕。久しぶりじゃのう。遊んでたもれ~」
元気な言仁くんは義顕の足元に纏わり付くようにして笑顔を見せる。
「義顕?」
「…… どうしたのじゃ?義顕。妾が視えぬのか?」
出現に反応しない二人は不思議そうに義顕を見る。
「ダメだ…… 喜一さん、徳子ちゃんと言仁くんも、義顕には視えていないみたい」
「そうか…… それは思ったより重症だな。緊急会議だ。九郎殿、建礼門院様、安徳帝。社務所の奥の部屋へ来てください」
慌てた喜一さんが背中を向けようとするのを、九郎が呼び止めた。
「待って、喜一さん。九郎が……」
「喜三太よ。僕はこの樹の下から動けないんだけど」
「ダメよ、喜一さん。九郎は桜の樹の下から動けない」
「そうか…… では、この場所で」
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