第四章 過去からの訪問者

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 でも本当の知盛さんは違った。  壇ノ浦での海賊の反乱に、咄嗟に機転を利かせた九郎。それは降参したフリをして、鎧や武具だけを海に放り投げて。その混乱を縫って(おか)に上がろうと言うもの。  知盛さんもすぐにその作戦に賛同してくれたけど。  主上(おかみ)── 言仁くん達が乗る船で、船に積んであった布や布団でダミーを作り、鎧や(いかり)を括り付けて海に投げようとしたのだけど。  そう。言仁くんや徳子(トッコ)ちゃん、尼さま達が入水したように見せかけるために。  でも、なんと知盛さんは自分の鎧と一緒に、その船の(いかり)を巻いて海に沈めてしまったのだと言う。  名将、知盛は死期を悟り、(いかり)を持って自決した。という武勇伝が欲しかったのですって。  まさに阿呆な「碇知盛」を実践してしまった知盛さん──  もちろん、本物の知盛さんは言仁くん達が乗る船に残り、徳子(トッコ)ちゃんに生き残るように説得してくれたりした。  その後、私達は京都に戻るために。平家の皆さんは九州に向かうために進み、離れ離れになってしまったので。知盛さん達のその後の足取りを知らないのだけど。  こっちの世界に戻ってから。いろんな書物を読み漁っても、平家は壇ノ浦で滅んでしまった。という偽の史実しか記されていなくて。  その後平家がどうなったのか、いい加減な噂話にしか伝わっていない。  その知盛さんのことを話し始めるなんて、いったい徳子(トッコ)ちゃんはどうしてしまったのだろう。 「すまぬ、祥恵。あの酒屋の男の面影が、知盛の兄上に似ていたので、ちと気になっただけじゃ。  じゃが、判官どのや政子さまのこともある故、もしかしたら兄上もまた、この(やしろ)の不思議な力に導かれて、姿を現したのかと思ってのう。  (わらわ)戯言(ざれごと)じゃ。変なことで呼び止めてしまって、すまぬことをしたな」
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