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徳子ちゃんと別れて境内の掃除を済ませて。社務所へ戻ろうとしたら玄関に喜一さんが立っている。
「…… どうしたの?」
草履を脱ぎながら訊ねると、喜一さんは私に紙切れを見せながら言う。
「さっき、神酒を持って来てくれた酒屋の人。納品書の控を置いて行ってしまったみたいなんだ。まあ、次に来た時に渡せばいいと思うから、どこか目立つ場所に置いておこうと思って」
ふ~ん…… そうなんだ。喜一さんは下駄箱の上にその紙を置き、どこから持って来たのか、水中花があしらわれている文鎮を乗せる。
「ねえ、喜一さん。今日私、買物に出掛けるから。ついでにこの納品書、酒屋さんに届けて来るよ」
「え?いいよ、わざわざ。次に来た時でいいんじゃない?」
「いいのいいの。ついでだし。それに、ウチの缶ビールもそろそろなくなる頃じゃない?電話でもいいのでしょうけど、それもついでだから。注文して来る。銘柄はいつものでいいよね」
文鎮を喜一さんに渡して、納品書の控を懐に仕舞いながら言うと。喜一さんも、じゃあお願いしていい?と言う。
もともと、社務所で足りなくなるものの買い出しに行こうと思っていたところだったからね。丁度いいもの。
「ねえ、喜一さん」
今日は比較的穏やかな日なので、社務所の窓口はバイトの巫女さんにお願いしてあるから。喜一さんと2人で事務作業をする座敷へと向かう。
私はここぞとばかりに、今日── 朝からの出来事を喜一さんに話してみた。
今朝、裏の駐車場で。見たことのない酒屋の配達の男性に会ったこと。
桜の樹の下にいる九郎が、その男性に懐かしさを感じたこと。
徳子ちゃんがその男性に、兄である平知盛の面影を見ていたこと──
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