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「そっか。だから祥恵さんは、その男性の素性を確かめるために自ら酒屋へ向かおうとしているわけだね」
奥の座敷で帳簿を広げて、事務作業をしているフリをしている喜一さんが言う。
「そ。そゆこと。なんだか九郎や徳子ちゃんが言ってたことが気になってね。酒屋へ行ったら、今朝配達に来た男性に会えるかな、って思って」
お茶をすすってから、喜一さんは帳簿を閉じて私に真剣な表情を向ける。
「でも気を付けてよ、祥恵さん。そんなことは、むやみやたらに口にしていいものではないんだから」
「うん、そうよね。もし会えたら、もちろんストレートにではなくて。何気なく徳子ちゃん── ウチに祀られている神様のことを話してみようと思う」
「そうだね。あとは祥恵さんに任せるよ」
*
その日の昼下がり。私は私服に着替えて下界の街へと買物に出た。
私達の水天宮のあるこの街は、古くから漁で栄えた港町。今でも小さな漁港が点在したり、規模は小さいものの、貿易のためのコンテナを積み降ろしする大きなクレーンが並ぶ場所があるようなところ。
私が生まれ育ったのは同じ市内でも、もっと内陸の住宅街の中だけど。水天宮がある場所は比較的海に近く、昔ながらの街並みが続く。
大きなスーパーやショッピングセンターは、遠くて車じゃないと行けないから。日用品のお買物は、丘の麓の商店街で済ませることが多い。
このへんにお住いの奥様達は、みんなそうしているみたいで。
古くからある街中の商店街は、お客を郊外の大型店舗に取られてシャッターストリートと化して閑古鳥が鳴いてる。なんて話をよく耳にするけど。
ここの商店街は別みたい。今でもアーケードになっている商店街は活気に満ち溢れている。
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