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そのとき俊太は、春と呼ぶにはまだ別れも出会いももて余すほどに超然と構えられるくらい若く、秋刀魚の顔を見るだけでその苦さの想像はできたが、そのほろ苦さを感じられる経験には乏しかった。
意識をして梅の花を愛でようとしていた2月の終わり、肌寒かったのかはわからない。
憐憫をかけられるような情けない思いをしてたとは気がついていなかった。
高木市には中学校が三校ある。俊太の通う高南中学の3年生たちはそれぞれの道を歩むべく高校や就職の先もあらかた決まりただ卒業を待つだけの生徒が大半だった。
俊太は自分の中学生活に未練はなかった。未練が残るほどに学生生活に期待をせずに毎日を過ごしていたと言ったほうが適切だった。
俊太は自宅から学校まで、徒歩で20分の道を通う。ただ毎日その道を歩いた。3年生の終わりになろうという今日も俊太は歩いていた。通学のほぼ同じ時間、同じ地区から通う見たことのある顔がの学校までのこの道に毎日並ぶこの光景に俊太は慣れていた。しかし、その日いつものこの通学路にいつもと違う顔を発見した。
俊太の斜前を歩くそのいつもと違う顔は、まだ寒さの残る薄い日差しに似つかわしくないほどに俊太の目には、明るく写しだされたれていた。
その顔は千恵美だった。千恵美は俊太とは学区が違った。そのため千恵美は俊太とは別々の通学路で通っていて、普段の登校時に俊太が千恵美の顔を見かけることは一度もなかった。
俊太はあこがれの千恵美の姿を思いもかけない場所で見かけたために、急に体が強張った。瞬間つまずき、前のめりに手をつき「ゴトッ」という大きな音がして右の掌を擦りむいた。
その音に気配に気がついた千恵美が振りかえった。
俊太はつまずいた痛みよりも、つまずいたことで千恵美の関心が自分に向いた事が嬉しかった。嬉しいというよりにドキドキが困惑させた。ただドキドキした。
ただ輝いて見える。
「おうおう。」
後ろから来た大翔がからかいと心配半分で声をかけて来たが、大半はこちらをじっくり見ながらも通り過ぎていった。「俊ちゃん、なにそこで転けてるの?」
「何にも。」
俊太は乾いた笑顔で答えた。
「大丈夫?」
大翔は聞いた。
「大丈夫」
俊太は答えた。
俊太は立ち上がりながら大翔の事は問いかけには気持ち半分で、だんだん離れていく千恵美を気持ちいっぱいに目で追っていた。
千恵美が遠ざかるにつれ、千恵美という軟膏が徐々に切れていき、右手の擦りむきの痛みがじわじわと意識にのぼってきた。
そのまま俊太は校舎へ歩いた。擦りむきの痛みは忘れようと、さっき千恵美の振り向いた顔は思い出そうとしながら。
卒業式。かさぶたになった右手の傷がまだ時々かゆい。
かしこまる空気には似つかわしくなく、区画整理に取り残された畑には遅咲きの梅がまだ残る。俊太その梅にまだ咲かないつぼみを見つけた。
最後まであまり卒業式の今まで馴染めなかった教室には冴えない「森林」と書かれた級訓がある。意味は静さの中の暖かみや多様性だそうだ。
「今日は、チャイムは鳴るのかな。」
俊太は、ふとそんなことを考えた。
担任の先生のいつもより濃い化粧ときつく見える巻き髪が卒業式の厳かさを再確認させていた。
余所行きの日は教室がツンとした匂いに変わる。
この畏まる雰囲気のなか、俊太は畏まることなく振る舞うことに無意識の美学を持っていた。
いつも通りに振る舞おうとしていつも通りでなくなる。
いつもは触らない教室の壁を無言で触る。
園児のころから一緒の人はあまり魅力は感じない。中学から初めて会った、違う小学校から集まった人たちは大人の顔をしている。 大人の魅力。大人の恐さ。大人の知的さ。
俊太が感じた同級生の魅力が、自分に感じられているのか。コンプレックスはそんなとこから始まるのかも知れない。
それに合わせた笑顔が不自然だとみんなに思われているのか。
そんな堂々巡りの三年間を卒業する。
秋刀魚の苦さがの味が分かるにはまだ遠く。
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