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 たくさんの光が煌々と灯っている。イルミネーションは輝きを増すのに、私はただ交差点で待ち続けていた。薄い青のニットと白いロングスカート。ベージュのコートの下に隠れているのは、銀色のリングが付いたネックレス。  雨も降る中、多くの人が大切な人との時間を過ごしていた。傘を差しながらも、裸になった木々につけられた人工的な光を見て、素敵だね、なんて笑いながら歩いていく。私は交差点の信号が青になっても、動くことができなかった。  前にも、こういう光景を見たことがある。隣で彼は「俺には明るすぎるな」と言って、それでも手をつないで一緒に歩いてくれた。私はその手のぬくもりを忘れたくなくて「また来ましょうよ」と言った。彼は木々に灯る明かりを見ながら、「そうだな」と珍しく素直に答えてくれた。それがまた嬉しくて、私は笑った。  幸せなときは永遠に続かない。だから幸せなんだとわかっている。それでもぬぐえない気持ちがここにあって、どうしようもできないそれを持て余してしまう。立ち止まって何もできずにいる私を、たくさんの人が訝しげな瞳で見ては通り過ぎる。 「――」  私の名前が、ひどく小さい声だけれど、聞こえた気がしてとっさに周りを見渡す。私はその声の主を知っている。よく通るのに低くて深い声。  交差点の信号が赤く光っている。向こう岸に、かすかに光る姿が見える。その姿だけ淡く光っている。彼だ。ずっと待っていた。やっと、会えた。  早く信号が青にならないか、いてもたってもいられなかった。私は思わずコートの中のネックレスを握った。「これ、やるよ」とぶっきらぼうに言いながら渡してくれた、そのネックレス。心が躍るほどうれしくて、でもそれを外に出したくなくて「先輩らしくないですね」と言いながら受け取った。とても小さな声で「ありがとう」と付け足して。  ざわめきが大きくなり、信号が青に変わる。私は走って彼のもとに飛び込む。彼も私を抱きしめてくれる。 「ずっと待ってました」  彼は何も言わない。だけれどいつもの微笑みでうなずいているんだろうと思う。 「もう先輩が見えなくならないように、ずっとそばにいてください」  私は半ば泣きながらそう言った。彼は何も口にしない。それでもいい。 「好きです」  言葉なんて必要ないのかもしれない。でも伝えたくて仕方なかった。こぼれてしまった。転げ落ちたその言葉に、先輩は身体を離して、そしていつものような優しい笑顔を見せて、言った。  その言葉を発した瞬間、先輩の身体を纏っていた光がまばゆく輝きだして、溶けるようにして消えていった。抱きしめていた身体も、声も、何もなくなってしまった。私はひどい虚無感に襲われて、あたりを見渡した。先ほどまでと変わらない光景。  私は慌ててネックレスを確認しようとして、コートの中に手を入れる。するとネックレスもなくなっていた。信号が赤に変わる。私はその場で泣き崩れた。
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