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お客さん。
「ありがとうございましたァ~。またドウゾ~」
「こちらこそありがとう。またくるよ」
私は機嫌よく足取りも軽やかに、お気に入りの理容師が営む理髪店を後にした。
とにかく彼は腕がいい。
それでいて、値段がとてもリーズナブルなのが特に良い。
うん?値段?
ハッ!となり、私の足取りは途端に重くなる。
ど、どうする?どうする?
思わず私はだいぶ離れた路地から、さっきまで居た理髪店の方を恐る恐る振り返る。
幸いにも、店の方からあの腕のいい気さくな主人が怒りの形相も露わに追いかけてくる様子はない。
安心した私は、ホッと胸をなでおろす。
「散髪中だったのに、眠りこけてしまったのが悪いんだ…」
そうなのだ。朝方まで見ていた女性の、女性たちの、素晴らしい肉体美を披露する祭典。そう、エロ動画を見るのに夢中でつい眠るのを忘れてしまったのだ。
そのせいで私はあろうことか散髪中の静けさと、あまりの心地よさから知らず知らず眠りこけてしまったのだ。
無論、私に目くるめく肉体言語を駆使してくれたモニター越しの美少女たちにはなんの罪もない。
二次元の世界には夢と希望しかないのだから!
そうすべては私の責任なのだ。仕方がなかったのだ。
素晴らしい仕事をしてくれたベテランの理容師に、料金を支払うのを忘れてしまった。
お陰でベレー帽を目深に被っているのに、頭のてっぺんが薄ら寒く感じてしまった。
い、今からでも理髪店に戻って、あの人の好さそうな理容師に謝罪を申し入れ支払いを行うべきじゃないのか?人としてそれが当然の行為じゃないか?
だが、そんな贖罪の気持ちとは裏腹に、私の足は歩くのをやめようとはしない。
止まれ!止まってくれ!そして回れ右して早く理髪店に戻るんだ!
でも私の足は、一向に主の謂う事に耳を傾けようとはしてくれない。
いう事を聞かない理由はわかっている。その意味するところはこうだ。
「謝罪って、なんかスッゲーめんどくさいよね」
である。
自身の名誉のために言っておくが、私は決して怠惰の檻に住まう脳無しでも、もちろん世の中を舐め腐った怠け者の類でもない。
私は勤勉な、そう締め切りを一度たりとも破ったことがない小説家だ。
誰からも疑われる余地などない!
もしこの事実に疑義を唱える者が現れたら私は、そいつの胸ぐらをつかんでしこたま殴りつけてやる!
グッと力を込めた拳と全身の筋肉が強張っていくのを感じた。
ふう。
…それはそれとして、これからどうしよう。
近くにあった一軒の喫茶店の席に座り、温かなコーヒーを啜りながら自分の身の振り方についてひとり、思考の世界に浸っていった。
「どうすべきか。どうせざるべきか…」
私は椅子に座りながらも、頭の中だけは逡巡する。
そして私の灰色の脳細胞は、ある偉人の名言を自然と紡ぎ出した。
『わたしが人生で学んだことを一言で表すとこうだ。〝それでも人生は進んでいく〟』 by ロバート・フロスト(1874~1963 アメリカの詩人・ピューリッツァー賞を4度受賞)
この言葉が脳内に浮かんだ途端、眩いばかりの光と素晴らしい快感が私の体を貫いた!
「そうだ!ハワイに行こう!」
思い立ったが吉日。私はコーヒーカップを乱雑にテーブルに置くや、その足で店を飛び出て自宅へ向かった。
うしろから喫茶店の店員から幾度も呼び止められたが知るか!私は安住の地へと早く向かわなくてはいけないのだ!
私は自宅のマンションに駆け込むと、手早く旅行鞄に着替え一式とパスポート、それにタンス貯金していた現金の束を詰め込んだ。
「当面、日本には帰らない。ほとぼりが冷めるまで帰る訳にはいかないのだ!」
ハワイ。
かつてハワイ諸島にはひとりの英雄がいた。
ハワイ島の王位簒奪者にして屈指の名将でもあった〝カ・メハメハ大王〟だ。
その偉大なる彼が実力で統一した。陽光素晴らしき常夏の島々。
私はそんな彼の名前の由来である『カ・メハメハ=孤独のひと』にあやかり、孤高の気分を味わいながら麗しき密滴る土地で満喫するのだ。
さあ、いざいかん!夢の島ハワイ諸島へ!
ぐへへ( ´艸`)〈ホンバノ キンパツビショウジョタチガ オレヲマッテルゼ ワイハーデ! ッテ ナンカ エローイ!
ウキウキ気分の私は、喜び勇んで成田へとタクシーを走らせた。
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